たくさんの何かが埋まっている作品
ひっちゃかめっちゃか
いくえみ先生の得意分野である短いお話たちがたくさん集まっている作品です。以前コミックスを集めていたのですが、諸事情により手放すことになり、今回新たに手元に欲しいということで文庫版を購入しました。女の子はキラキラしたものが本能的に好きなのですが、表紙がキラキラしていて、その装丁でもう目が満足しています。当たりカードが揃っているようで、ページを開く前にすでに満たされます。コミックスでは味わえない楽しみ方が文庫版では出来ます。
ページをめくって話に入っていくのですが、恋愛の流れがどれもせっかちで、少ないページ数であっという間に胸を掴まれるような切なさが押し寄せてきます。実際の時間に換算すると、それは個々人で違うとは思いますが、人は三ヶ月ごとに目が覚めて自分の恋愛を見つめ直すようですね。だからきっと夢から覚める三ヶ月ごとの修羅場なり困難なりが読者の現実でも起こりかねないリアルさで描かれていて、しかし、登場人物たちのようにドラマチックに格好のつかない泥臭さを実生活で感じるからこそ、漫画という媒介により気持ちよく読める。暗い話もいくつかありますが、最後には報われなくても爽やかさを与えてくれます。最近になり、いくえみ男子とカテゴライズされ書籍も発行されていますが、1990年代から、それよりも前から一本芯の通った男の子たちが描かれているな、と思いました。プリンシパルやG線上などに登場するいくえみ男子の素となる男の子が出し惜しみせずに物語を盛り上げていて、いくえみ作品の骨までしゃぶりたいという方には堪らない構成になっているかと思います。
繰り返し嚙み砕く
さらっと読んではいおしまい、という内容の漫画ではありません。前途多難がどのエピソードにも含まれており、それがまた非日常ではなく明日は我が身のような身近さを感じさせます。例えば好きだった幼馴染に恋人ができて、なんてあり得なくはないですし、もしかしたら一目惚れした相手の背中に真っ白な翼が生えて見えるようになるかもしれない。と段々と現実味がなくなってくる設定もあるのですが、登場人物たちはごくごく普通の学生だったり社会人であったり、兄弟だったり家族だったりするのです。その日常で噛み応えのある出来事がぼんと目の前に落ちてきて、それをどう攻略するか、変化するかを私たちは読み取らなければならない、という使命感に駆られます。目で撫でるだけでは物語の本質が見えなくて、私は何度も中身は何か噛み砕いて、作者であるいくえみ先生の物語の構成だったり、登場人物たちの心情を咀嚼、消化したいのです。短いからこそ読み手の自由の幅が広くて、いくらでも違う角度から解釈することができる。懇切丁寧にこの人物はこうであるからこんな性格で、という窮屈さが全く感じられません。いくえみ先生の描く人物たちは特にのびのびしているなと、自由に鼻歌歌ったり悲しんだり喜んだり、感情がとても豊かで表現することに長けています。好印象を受ける理由でもあるんだと思います。癖のある人物でも、根っからの悪人という人が誰もいません。となると、行動にはちゃんとした理由がたくさんあるのだとその裏側が知りたくなります。だから私は繰り返し噛み砕いて中核となる部分を垣間見たい、理解したいんだと思います。
完結していない
ご本人のコメントが最後漫画となって描かれているのですが、実はこの作品はまだ完結していないんだとか。きちんと終わりを迎えているように思うのですが、いくえみ先生の中ではラストシーンができていて、最後はこうする、と決まっているのだそうです。意外でした。確かに、短編集として存在するこの作品は終わり方もまた自由であり、一本化されていないからこそ完結が見えにくい、という点があると思います。もっとたくさん登場人物を描きたい、話を描きたいと先生が思うならば完結していないのでしょう。スピンオフのような構成で連載された「潔く柔く」では、物語の中心となる人物が確立しています。しかし、この「バラ色の明日」では、長さからすればイチとナナでしょうか?柚子でもありそうだなと私は思っているので、誰が話をまとめるんだと言われてしまうとはっきりと確立することができません。そのため、完結、という終わり方がそもそもこの作品には合わないのではないかと思います。完結するということは作品をきちんと仕上げる、という意味合いもあるのでしょうが、しかし、終わりということはそこから派生する物語はあるとは思いますが、もうこの作品としての物語ではなくなってしまうわけです。それは何だか寂しいなあと思います。「バラ色の明日」の短編たちはとても自己主張の強い話ばかりで自由です。それゆえに印象に残りやすく、感情を揺さぶられます。「バラ色の明日」に入ることができる短編は珠玉、という要素があるように思うので、是非今後生まれるかわかりませんが、続き、が誕生するなら、「バラ色の明日」として濃い話を読んでみたいです。
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