運命を受け入れるということ - わたしを離さないでの感想

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運命を受け入れるということ

3.53.5
映像
3.0
脚本
3.0
キャスト
3.5
音楽
3.0
演出
4.0

目次

幼い頃からの洗脳

この映画を見ていて思ったのですが、幼少期、それ以降も彼らは世間から隔離された世界の中で彼らを取り巻く周りの大人からの教育と言う名の洗脳は、はかりしれなく凄まじいものであると思い、教育というものは絶大なものであると感じました。自分たちの運命に疑問を持ちながらも、はむかい逆らうものはおらず、波の流れにそのまま流されて最終的に受け入れる。逃げ出そうと思えば逃げ出せるのではないかと思いながら見ていましたが、そうするものはいない。少年少女時代の学校の柵をこえるものがいないのは理解できますが、青年になっても逃げ出さない。テレビなどでよく見る誘拐後、拉致、監禁などされた少女も逃げ出す機会はあるのに、逃げ出さずにいるその心理に似ていると感じました。

幼馴染の三角関係の恋

恋の三角関係という点で見るのすごく良かったです。自分に好意を寄せているであろう男の子がたった一瞬で、友達にとられてしまうあの感覚。そのあと卒業してもコテージで一緒に過ごさないといけないなんて…。地獄ですよね…。キャシーの態度をみる限りでは、コテージにうつった最初のほうでは、トミーが本当に好きなのは自分であるという自信があったのでしょうか。ルースはたいして好きでもないのに、キャシーへの嫉妬とコンプレックスのようなものからトミーを恋人にしたのでしょうか。トミーの優柔不断なような、おされれば、たいして好きでなくても付き合うのか。誰でもよかったのか。そもそも人と付き合うという意味わかってないのか。純粋というかスキがありすぎるというのか、何なんだこの男は!!と腹立たしくもありました。だけど、その不完全さというか優しすぎる部分というか、それがトミーの魅力だったのかもしれませんね。キャシーが介護人になることを申請し出ていってしうのもわかります。やってられないですよね。淡々と仕事に打ち込むのがいいですよね。あの場からいったん離れるのには共感しました。普通の女の子が友達に好きな人をとられて、そこから離れて仕事にうちこむのとは随分意味合いも違ってきますけど。非現実的ワールドなのに気持ちの上で、なぜか共感できる部分があるのがこの作品の魅力なのかもしれません。

愛する人を看取るということ

彼らの運命は極端でありえない世界の出来事ですが、私たちにもある程度の覚悟をして運命を受け入れなければいけない時はあります。例えば、かけがえのない家族や親友などの死は救ってあげることもできず、ただそばにいてその人の最期を見届けるしかできないかもしれない。無理だと不可能だと最初から分かっていても、その人の夢や希望に何もいわずに付き合うかもしれない。特別な環境にあるものだけに訪れる苦痛ではない。自分にもそういう時が来て、人生が終わると感じたときに、誰かを愛せたと思えればそれで良かったと、キャシーと同じことを思うのかもしれません。

 

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臓器提供のためにクローン人間として生まれ、ヘールシャムという寄宿学校のような施設で育った、キャシーとトミーとルース。社会と隔絶された場所で生活していたために、カフェでの注文の仕方も分からない状態です。キャシーとトミーは相思相愛だったけれど、嫉妬と、本当の恋をすれば臓器提供猶予期間がもらえるという噂から、ルースがトミーを横取りしてしまいます。キャシーは介護者としてルースとトミーと別れ、それ以来3人はばらばらになってしまいます。とても重たいテーマの映画でした。医療の倫理だとか、人間の尊厳だとか、考えさせられることがとても多い。そして最後に介護者として残っていたキャシーも臓器提供の通知が来て、まったく救いのない最後でした。ヘールシャムの校長役のシャーロット・ランプリングがきれいだけど、とても無機質で怖かったです。酷いことはしないけれど、血も涙もないなぁって・・・。この感想を読む

4.54.5
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