「究極」対「至高」の末にたどり着いた答えは
グルメ漫画の代表作・『美味しんぼ』評価と問題
『美味しんぼ』は、おそらく日本で一番有名なグルメ漫画だ。普段漫画を読まない人も『美味しんぼ』の名は聞いたことがあるだろう。ドラマで、ネットで、あるいはニュースで。『美味しんぼ』はグルメ漫画の人気作品でありながら、時折問題児として世間を賑わせている。
そもそも、原作者である雁屋哲はある種において極論を展開する人間であることは、『美味しんぼ』を読んだことのある読者なら誰もが知っている。
ある国の人々を傲然と「味覚オンチ」と言い放ったり、あるいは差別主義者を痛烈に批判したり。
作中の山岡、ならびに海原雄山の痛烈なセリフの数々は、原作者・雁屋哲の脳内に生み出されたものがそのまま投影されているだ。
こうした炎上しかねない作中のキャラクターの発言を差し置いても、『美味しんぼ』は漫画として人気がある。というのも、痛烈な批判の末に『美味しんぼ』は答えを見つけるからだ。
ニセモノの味、ニセモノの料理人、ニセモノの思考ーー甘えであったり怠惰であったりーーを手厳しく打ち据えながら、本物を芸術品のように信奉する。
雁屋哲の真正直さが、『美味しんぼ』に強烈なスパイスを与え、長年付き合ってきた読者はそれを支持してきた。いうならば、頑固親父の作る絶品ラーメンにほれ込んだ常連客なのである。
雁屋哲の描いた究極対至高とは
2016年2月現在、『美味しんぼ』は連載中である。だが、内容としては連載初期からの山岡と海原雄山の究極対至高のメニューの勝負、という構図は変わっていない。
だが、長期の連載において、一度だけ究極対至高の決着の舞台が設けられたことがあった。
そう、山岡とヒロイン・栗田の結婚式である。
披露宴の場にて、究極のメニュー対至高のメニューを賓客に振る舞い、その場で究極対至高の決着をつけようと試みたのだ。
数々の豪華絢爛な料理の最後に、まず至高のメニュー担当・海原雄山が提示した”至高”は、全くの普通の夕ご飯ーーおばんざいだった。同じように、山岡も一般家庭のごくありふれた食卓のメニューを”究極”とした。
これには読者諸兄は驚き、そして意味を理解して感動を覚えたことだろう。
今まで贅をつくしたメニューを提出してきた山岡・海原両氏がたどり着いた最高の食事とは、一般的かつ普遍的な家庭の味だったのである。
ありふれた材料に手間を惜しまず調理することで、食事は究極、あるいは至高のものとなる。山岡・海原両者の意見は、ここに来て完全に一致したのだ。
また、実の親子として確執があった山岡に、海原が妻の料理(山岡にとっての母の味)を山岡の晴れの舞台で披露したことにも感慨を覚える。仲たがいをしていた親子関係の修復の足掛かりとなる、海原から息子への贈り物だったに違いない。
これは実質、『美味しんぼ』のグランドフィナーレにふさわしいエピソードだった。頑固一徹、美食に対して容赦のない雁屋哲が思い描く究極・あるいは至高とは、家庭の味という結論。
この答えに対し、読者は雁屋哲に対し理解を深めると共に、山岡・海原に粋な計らいを仕掛けてくれたことに感謝したことだろう。
結果として究極と至高の勝負には決着がつかず、延長戦ということで結婚式は締めくくられている。勝負の決着もつかないから、ここでは美味しいものを食べまくってくださいと宣言する披露宴も豪快で、なんとも『美味しんぼ』らしいといえる。
最高の結末を迎えた『美味しんぼ』。その延長戦は…
しかし、『美味しんぼ』は山岡の結婚で終わることなく、更なる究極を求めて話が続いていった。
父親となった山岡、祖父になった海原雄山、変化していく東西新聞文化部の面々、と時代と共にキャラクターたちも立場が変わっていくなか、作品のテイストもどことなく変わっていった。
頑固ラーメン屋の店主だった雁屋哲が、ラーメンよりも自分の意志を作品に滲ませるようになったのだ。
これは雁屋哲のラーメンを愛した客からも否定的な意見が出た。客=読者が求めているのはあくまでラーメンであり、店主である雁屋哲の意見ではない。
それを裏付けるように、披露宴以降に続いた『美味しんぼ』各エピソードは、度々世間を賑わせ、作品を本来の趣旨とは異なる形で注目させる結果となった。
これは長年付き合ってきた常連客を離れさせた。そもそも『美味しんぼ』は綿密な取材ありきで作られる漫画。本当のような嘘とウソのような本当が入り混じった話を、娯楽として楽しめる人間は少ないのだ。
しかしながら、『美味しんぼ』と雁屋哲は今なお自らのスタンスを曲げないまま、『ビッグコミックススピリッツ』上にて休載と掲載を繰り返している。
重要なのは、離れていった読者がかつての『美味しんぼ』を求めてやまない、ということだ。『美味しんぼ』好きを自称する人は多い。彼らが総じて愛していたのは、現在の『美味しんぼ』ではなく披露宴以前の『美味しんぼ』だ。
漫画は、読者なくしてありえない。『美味しんぼ』がここまで長期の連載に至ったのも、愛してくれた常連客がいてこそだ。
原作者・雁屋哲が、自らを支えてくれた常連客=読者を顧みる日を、筆者も待ちわびている。
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