売れない小説家が見つけたひとつの希望の光 - 透明人間は204号室の夢を見るの感想

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透明人間は204号室の夢を見る

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文章力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
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演出
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売れない小説家が見つけたひとつの希望の光

4.04.0
文章力
4.0
ストーリー
4.0
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

書けない小説家の苦悩

あーっ、ここで終わるのかぁ!…というのが一番の残念。もっともっとこの3人の奇妙な関係を見続けていたかったのにな。だいたい春臣は実緒がポストに短編小説を入れていたことに対して「やめてくれ」とは言ったけれども、なぜ理由を訊かなかったのだろうか。いいや、訊いてはいたけれど答えを受け取るのを拒んでいたわ。きっとそれくらい実緒の行動が不気味だったのかもしれない。早く縁を切りたかったんだ。

私にも、大好きな本がある。もうだいぶ前に出版された本だけれど。その本は芥川賞の候補にまでなった。とても好きで、家族や友人にも読んでもらいたいと思っている。しかし、その作家さんはそれ以降本を出すことはなかった。いや、なかったと断定するのは失礼だな。今の時点でそれ以降、本は出ていない。書いているのか書いていないのか、それさえも分からない。すごく楽しみにしているんだけれどな。

この『透明人間は204号室の夢を見る』を読んで、私が本を待っているその作家さんも、実緒のように苦しんでいるのかと思うといたたまれなくなった。書きたいのに書けないという辛さは小説家にしか分からないジレンマであろう。実緒のように精神が追い詰められて、裸で過ごすとか、春臣の家のポストに小説を投げ込むとか突拍子もない行動に走ってしまうのは全て書けないがゆえのことだろう。ホントに因果な職業だと思うわ。

本を買ってくれた人に見た希望

だいたい最初に春臣が実緒の本を買ったときに、後をつけていったのは嬉しさからなのだろうか。私は、ただ「知りたい」という一心だったのではないかと思う。もう夢中だったのだ。実緒は学生時代から友達がいなかったし、どちらかというと周りから疎まれているような存在だった。そんな彼女を受け入れてくれたのが「文章を書くこと」だった。誰にも邪魔させない自分とパソコンだけの世界。もし、実緒を理解してくれる友達がいたら、実緒は小説を書くことはなかったのだと思う。

思いがけずに賞を獲ったことで、実緒の人生は変わるかと思われたがそれは一時のお祭りのようなものだった。後に、実緒は春臣といづみに「友達が欲しかった」と語っているが、実緒の性格で友達を作ることは難しかったかもしれない。文章の中でしか自己主張ができないのだから。んー、作中の小説を読んでいても、自分を主張しているようには思われないな。ただ、抽象的でファンタジック。小説の中にも実緒はいない。

春臣といづみという交友関係ができてから、バイト先で初めて口答えをした。一人じゃないと人間って少し強くなれるんだ。そう思うと透明人間だと自分に言い聞かせて、生活していた実緒のなんといじましいことよ。

実緒は小説が書けるようになりたかったのと、自分を語れる人間関係が欲しかったのとどちらの気持ちが強かったのだろう。春臣に対して抱いていた気持ちは、何だったのだろうか。私は最初は、子どもたちにいじめられている亀(自分)を助けた浦島太郎のように崇拝していたのかなと大袈裟に考えたのだが、それは違うような気がしてきた。ただの興味のほうがより近いのだと思えてきた。それほどまでに、売れ残っていた自分の本を買って貰えた嬉しさが勝ったのか。それはもう、ある意味希望なのかもしれない。春臣は書けなくなった実緒の唯一の救世主だったのだ。

奥田亜希子さんの類いまれなる感性

この小説は、起承転結の「転」の部分が長くて「結」は突然やって来る。そして、ブチッと私の読後感をもぎ取っていった。今後、実緒は小説を書けるのか。春臣といづみは彼女のイマジネーションを突き動かしたのか。私は、もうダメだと思う。あと一歩だったのに…と思う。いづみの「本当は出版社を紹介してもらううもりだったけどできなくなった」という言葉を聞いてしまった時、友達になれたと思った自分を恥じただろう。いづみに貰った飴の包み紙を捨てられない惨めさ。もう可哀想を通り越して気味が悪いと思うもの。

最後に編集者に語り続ける小説のプロット…これが本になればハッピーエンドでもよかったのだろう。だけど、作者はそこまでは書いていない。ここで終わらせているところがまた不穏だと思う。実緒は自分の経験に昂揚しているだけなのだ。そして、また同じ日常が繰り返される。よく人は一冊は本が書ける、自分のことを書けばいいから…という話を耳にする。実緒はまさに自分のことを書こうとしている。これは小説家としての物語には、この先暗雲が立ちこめそうだ。

でも、私はこの『透明人間は204号室の夢を見る』を夢中になって読んだ。実緒の行動にハラハラさせられた。愚図のわりに大胆だ。奥田亜希子さんの持つ感性を素晴らしいと思った。もっともっと注目されるべき作家さんだと思う。実緒が想像する春臣との官能的な場面も清潔だった。全裸での生活にも嫌悪感がなかった。なかなか、そういうふうに書ける人っていないと思うんだけど、どうかな。

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