ヘヴィでライトで混沌とした個性派マンガ
独特の世界観と強烈な個性
小学館「IKKI」で連載開始し、雑誌の廃刊などを経て紆余曲折を経験しながらも今もなお愛されてやまない個性派マンガ、と言えば「ドロヘドロ」だ。グロテスクな表現が多いため読者を選ぶが、絵柄に相反してストーリーはしっかりしている上、キャラクターが能天気なので深刻さはない。キャラクターが死ぬシーンなどもあるが「ま、いっか」というノリで済まされ、それが許されるという独特の世界観がある。ヘヴィメタやハードコアの音楽の要素を含んでおり、作者の好みが反映されていることが伺える。きれいな作画が好まれる現在の漫画界で、あえて画面をきれいに仕上げない点が高評価で、まるで下書きの線を消さないような演出(というか書き込みが多い)で、意図的に汚い雰囲気を出している。男性向け漫画として発表されているが、女性人気も高く、アパレル方面でも絶大な人気が出た。
男女コンビがいやらしくない
ドロヘドロにおいて特筆すべきは「男女のコンビがいやらしくない」という点だ。ニカイドウとカイマン、心と能井、藤田と恵比寿、カスカベ博士夫妻など、男女バディ、パートナー関係を組んでいる人が目立つが、どれも「恋愛しているカップル」ではなく、あくまで「バディ」だ。命をかけて一緒に戦うこともあるので、ある意味、恋人や夫婦よりも濃厚な関係にあると言える。しかし、そこにはしっかりとした友情があるので恋愛方向には発展せず、いやらしくない関係で確立しているのが素晴らしい。ニカイドウや能井という、女性なのにプロレスラー並みの体格かつ強い、という「男性に負けないパワー」を持っている点も重要だろう。唯一、恵比寿は小柄で華奢な美少女であるが、脳にダメージを負っているため不思議ちゃんポジションで、女房役の藤田が世話をしている構図もおもしろい。この世界においては、男女は平等に扱われているようだ。
魔法使いと人間と悪魔の関係
ドロヘドロの世界の中では、ファンタジーに聞こえる「魔法使い」というワードの捉え方が独特だ。まず、人間界(ホール)と魔法使いの世界は分かれている。扉で行き来できるが、時々魔法使いがホールにやってきて人間が犠牲になる。完全な自己責任の世界なので、もし殺されてしまっても「残念だったね、運が悪かったんだ」という雰囲気がある。魔法使いはケムリを使って魔法を使い、魔法使いの中でも強い者、弱い者が存在している。おそらく、ドロヘドロの世界において男女差別がないのは、この魔法使いの力が腕力とは別だからだろう。いくら屈強な男でも、強い女性の魔法使いには敵わない。また、悪魔とは魔法使いの究極体のような位置づけで地位もパワーも格段に違う。グロテスクではあるが毎回ほのぼのとしたストーリーのため、徐々に真相に近づくにつれこの力関係が明確になっていくが、この「人間、魔法使い、悪魔」の関係が連載開始時から作者の頭の中にあったのかと思うと、その壮大なスケール感に圧倒される。
殺人描写が海外B級映画風味
ドロヘドロの作品中、殺人描写が行われるが、これは日本の作品というよりも海外B級映画のテイストに近い。日本では人が死ぬことは縁起が悪い、それをネタにして笑ってはいけない、という雰囲気があるため、なんとなくタブー視されている描写だが、内臓を撒き散らして死んだり、逆に内臓だけになっているのに生きていたり、生首だったり、死体だったり、といった描写が多く、海外映画、ドラマが好きな人には違和感はないだろう。正しく言えば、殺されるのは魔法使いがほとんどなので、殺「人」ではないのだろうが、唯一その点だけが倫理観を保っているセーフラインと言ったところか(人は殺しちゃダメだけど、魔法使いは殺していいか、みたいな)。かくいう能天気な主人公、カイマンとニカイドウでさえ魔法使いを躊躇なく殺している描写があり、教育関係者にしてみれば「子供に読ませたくない漫画」に該当するのは間違いないだろう。
安定した世界観
ドロヘドロで注目していただきたいのが「安定した世界観」だ。こういったバトルアクション系の漫画ではありがちの、読者をおいてけぼりにするような演出は一切ない。キャラクターは安定し、どのキャラもお気楽の能天気でブレがない。そのため、あまり緊張感がなくほのぼのしていて、それを裏切ることはない。シリアスなシーンの前後には必ずひと呼吸つけるようになっているので、心臓の弱い方や、好きなキャラが死ぬのが嫌、という人も安心して読むことができるだろう。あと、生き返らせる魔法のおかげで、死んだキャラが生き返ることもあるので嬉しい。魔法使いや悪魔は常識が通用しないので、作者のさじ加減で展開がひっくり返ることもしばしばあり、読者が作者に身をゆだねて安心して見ていられる作品であることは間違いない。好きな人は「私もホールに住んでみたい、魔法使いになりたい」と思ってしまうのではないだろうか。
本の装丁やおまけ漫画が充実
電子版ではなく紙の書籍版を購入した人はご存知だろうが、ドロヘドロは本の装丁にもこだわりがある。表紙には凹凸加工がほどこされ、カバーの下にもこだわりが感じられる。扉イラストやおまけ漫画も充実していて、コミックスにしては値段が高いと思われる中で(単行本サイズだと1冊500円程度だが、ドロヘドロはA5サイズコミックスなので1000円程度)値段関係なく売れている本だと言えるだろう。これは、いわゆる「同人誌を買うやつは値段なんか見てない」のと一緒で、一種の「イラスト集や作品集を買う感覚」に近いのではないか?と推測される。もちろん中身のストーリーも大事だが、芸術作品としての価値が高いコミックスだと言える。ドロヘドロに関してのみ言えば、電子書籍ではなく紙の書籍を買った方がいいだろう。
何度でも読み返したくなる傑作
好きな人は好き、嫌いな人は嫌い、という個性の強いマンガだが、気負うことなく読み進めることができるので、何度でも読み返したくなるマンガだ。カイマンが天真爛漫でいいやつなので、どんなに深刻な場面でもコメディタッチに仕上がっている。世界観の描写に小物を使うシーンが多く、ニカイドウが作る餃子をはじめ、食事のシーンも重要だ。変なたとえではあるが、どこかニカイドウの作った飯があれば帰る家がある、というか「ニカイドウとカイマンが仲良く暮らしていければそれでいいよね」というか、この「ニカイドウとカイマン」がベースにあるので、揺らぐことなく、何度も読み返したくなってしまうようだ。
敵も味方もない
最初は、ニカイドウとカイマンは、煙ファミリーと対立しているように思えたが、そうではなかった。敵も味方も関係なくなり、このあたりも混沌としている。そもそもどちらも悪い奴ではないのだが(かと言って正義の味方でもない)、目の前の出来事に敵も味方も関係なく手を組む様子は見ていて微笑ましいというか、ドロヘドロならではかなあ、と思う。実際、煙ファミリーはヤクザ団体のような組織で、ヤクザのような振る舞いをしているが、悪の組織というわけではないのが味噌だ。また「ボス」側の組織として毒蛾たちのグループも登場するが、彼らも利用されているだけにすぎない。いわゆる「完全な悪」と「完全な正義」に分断しないところが物語をより魅力的に見せるテーマであり、この作品におけるメッセージなんだろうと思う。
- あなたも感想を書いてみませんか?
- レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。 - 会員登録して感想を書く(無料)