庵野家をコミカルに描いた傑作
目次
安野モヨコの内助の功
言わずもがな「新世紀エヴァンゲリオン」の監督である庵野秀明と、マンガ家安野モヨコ夫婦の日常を描いたコメディマンガである。事実に基づいて描かれた実録漫画ではあるが、作者はあくまでフィクションであるという姿勢で発表しているようだ。日本の中でも五指に入るオタク、庵野秀明だが、一見すると偏屈で厳しいおじさんという印象。そんな世間のイメージをくるっとひっくり返したのがこの作品ではないだろうか。一般的にアニメを作っている人のイメージは、裏方ということもありあまり良いものではなく、表に出てこないことが多いことから事務的なイメージを抱きがちだ。さらにあのエヴァを作った人、ということになると、よほど哲学的な日常生活を送っているのだろう、と予想する人もいただろうが、それが見事に打ち砕かれた印象を覚えた。このコミックスのおかげで「カントクくん」という可愛らしいイメージが定着し、中には「ああ、あの監督不行届の人か」とテレビ番組やCMで見かけても違和感を感じなくなった人もいるだろう。まさに妻である安野モヨコが自分のできる限りの表現方法を用いて行ったの内助の功、といった感じである。
短編で読みやすいコメディ
安野モヨコの漫画作品の中でも、おそらく一番読みやすい作品ではないかと思う。エッセイ風だがしっかりオチがあり、短編で1話が短く描かれている。自虐的な要素もあり、実在する人物を題材にしていることで、読者が入り込みやすい内容に凝縮されている。現実との差異はあるだろうが(もちろん脚色もされているだろう)伝えたいことがはっきり伝わってくる。絵柄も親しみやすい上に、本人に似ている(カントクくんが似ているのであって、ロンパースは例外)。内容が理解できるかどうかは置いておいて、少なくともアニメファンやエヴァファンをターゲットにしたのであれば大成功の漫画と言える。そもそもシリアスに見ればオタクの生活など、悲劇でしかない。風呂に入らない、部屋が片付かないなど、常軌を逸しているだろう。それを肯定的にとらえてコメディにすることで、読者(おそらくオタク)の心も明るくなったのではないだろうか。
気になる夫婦のなれそめ
作中は描かれていないが、そもそもこの夫婦がどうやって出会って夫婦になったのかが気になる。オタクではない男性ばかりを狙って付き合ってきたという安野モヨコが、オタク夫に着地した経緯のヒントが、この作品の中に隠れているように思えてならない。それは単に「庵野秀明が魅力的だった」ということではなく「どちらも異端児でひとりぼっちだったから」というワードが時々よぎる。ふたりとも不器用で、あまり他人と上手に関われないのかな?という印象だ。この“異端児同士がくっついた”という奇跡のような組み合わせにもびっくりだし、まるでフィクションのような出来事に思えてならない。とくにふたりのファンにとっては「マンガかよ」という展開に驚くばかりである。当然、異端児夫婦が考えていることは読者の予想を超えておもしろいので、本人たちがいくら「いえいえ、一般人と同じです、普通です」といったところで、全部奇妙み見えてしまうのである。
結婚したくなる?オタクたち
実際、このコミックスが発表されてから増えたかどうかは知らないが、オタク同士で結婚する人がおり、結婚式でコスプレ、同人誌を配る、ということが行われている。なぜか「オタク同士の夫婦っていいよね」というイメージを与える効果を生み、同人誌即売会がきっかけで出会った人々が縁あって結婚している事例がある。この作品を読んでいると、妙に「結婚したくなる」ような気がする。配偶者の世話を焼いたり、逆に心配してもらったり、おもしろおかしく生活している様子に憧れを抱くのだ。クセの強い配偶者を持つと苦労するが、それも悪くはないなと思わせてくれる。実際の結婚生活は茨の道だが、意外?と庵野秀明が優しく、安野モヨコを気遣っている様子もまた羨ましい。ちょっと神経質なイメージの強い安野モヨコだが、庵野秀明効果で穏やかになっているような気がする。
知っている人だけが知っている知識のオンパレード
仮面ライダーなどの特撮、アニメやマンガの知識など、この作品には「知っている人だけが知っているコアなオタク要素」が詰め込まれている。一般の人はよくわからないので注釈までしっかりついていて、あたかも「オタク入門書」のようなテイストだ。真のオタクなら言わずもがなだが、いわゆる「オタクあるある」がびっしり描かれているマンガでもある。つまり、一般の人(たとえば安野モヨコのマンガが好きで読んでいる普通の人)にとっては「へえ、オタクってこういう生活してるのか」という新しい発見であるし、オタクにしてみれば「そうそう、あるある」という感じで読み進めることができる。オタクがエンターテイメントを消費するのではなく、エンターテイメントを消費しているオタクが消費される時代が来た、という感じだ。それがいいのか悪いのかわからないが、このような「オタクあるある」がおもしろいと言われる時代まで変化したんだな、という時代の変化を感じた。
夫婦エッセイとしてのロンパースに共感
また一方で「困った夫を持つ夫婦エッセイマンガ」としても機能している。たとえば「ダーリンは外国人」のように、ちょっと変わった人と結婚しています、という妻の手記だ。実際、オタクを夫に持つ人の苦労は、その人にしかわからないものだろうが、お菓子ばかり食べて太る、偏食、風呂に入らないなど、現実に遭遇するとかなりヤバイ案件でもある。こういった「うちの夫、変なんです」という事案を、上手にコメディに昇華しているような感じで、夫婦エッセイマンガとしてかなり読み応えがある。女性であればロンパースの行動に「わかる」と頷いてしまうだろうし、同時に「ああ、そうか、こういうスタンスで行けばストレスもたまらないか」という気づきにも繋がるような気がする。子育てマンガではないが「夫飼育漫画」という感じで読んでも面白いだろう。
やはりエヴァは強い
この作品も、一種の「エヴァ関連本」と言えるかもしれない。表紙の字体もそうだし、世間の「庵野秀明=エヴァ」というイメージに反発せず、流れに沿って出された本、という印象だ。それだけエヴァは幅広く親しまれていて、アニメ本編を見ていない子供ですらエヴァや庵野秀明を知っている。エヴァがどんな作品かについてはまた別の話だが、エヴァファン必読の一冊になっていることは間違いない(かと言ってエヴァ情報が載っているわけではない)。アニメ化の際の声優も。お馴染み山寺宏一(カントクくん)と林原めぐみ(ロンパース)ではまり役である。(緒方恵美も参加している)
人の家の様子を覗くのは面白い
このような実話エッセイものに共通して言えることだが、やはり「他人の家の様子を覗くのはおもしろい」ものだ。みんな自分の家しか知らない、自分の家に基準があるので、他人の家を覗くと新しい発見があるし、興味深いのだ。下衆な言い方をすれば「芸能人夫婦の私生活が気になる」という感じだろうか。全編通して意外性はない。庵野秀明と安野モヨコの夫婦だったらこんな生活してるんだろうな、というイメージが壊されることもない。ただ、やはりどこかで「見てみたい」という気持ちがあるし、見てみたら「やっぱりね」と納得して満足する部分がある。欲を言えばこういった本はたくさん出して欲しいし、もっと読みたいというのが本音だ。
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