カネに泣き、カネに笑った西原理恵子が語るカネとの付き合い方
目次
劣悪な環境、本当にそんな世界が!?と思ってしまう子ども時代
西原理恵子の漫画が好きでよく読んでいるので、彼女が語る「カネ」の話がどのようなものであるか気になり、この本を手にとった。子どもが読んでもわかるような優しい調子で壮絶な半生を語りつつ、カネの稼ぎかた、付き合い方を説いている。
西原理恵子の子ども時代は、『ぼくんち』や『毎日かあさん』でたまに出てくるエピソードなどから、なかなか壮絶なものであったことは知っていた。
だが、彼女が子ども時代を過ごした場所は、私が知っていたことのさらに上を行く、まさに戦場と言っても過言ではない場所だった。
友だちの住んでいる家の窓ガラスが全部なくて、文化住宅の一部屋に家族九人が暮らしていて、しかもそのうち一人はひきこもり…。
それが戦後ではなく、私より十歳ちょっと上の人の子どもの頃の話というのだから、まだまだ自分には知らないことがあるなあ、というのが正直な感想だった。
プライドなんてクソくらえ!ビリからの戦い
彼女がすごいのは、自分の立ち位置を正確に把握していたことだ。予備校時代に、自分よりはるかに絵のうまい人たちがいることを知るが、それで諦めるのではなく、無謀に高みを目指して描き続けるのでもなく、「最下位の人間には最下位の戦い方がある!」と自分の絵でも使ってくれるところを探したのだ。それはまさに後の章で彼女が述べる、「自分の落としどころを探す」という行為だ。今でいうニッチ市場を狙ったわけだが、それが見事はまったと言える。
そして採用されたのがエロ本のカット描きの仕事だったわけだが、そこからの飛躍がすごい。
私が初めて西原理恵子の漫画を読んだのは、「週刊朝日」に連載されていた『恨ミシュラン』だった。通っていた書道の先生のお宅で、先生が購読していたものをたまに読ませてもらっていたのだ。
当時中学生だった私にとって他の記事は難しく、興味もなかったのでほとんど読んだ覚えがないが、『恨ミシュラン』は一見かわいらしい絵柄でとっつきやすかったのだ。(実際は高級店をこき下ろすどぎつい内容だったわけだが)
『恨ミシュラン』で一気に知名度がアップし、ここから彼女の飛躍が始まる…はずだったが、その後落とし穴にはまることになる。
ギャンブルにアル中の夫、抜け出したはずの負のループになぜまたはまるのか
『まあじゃんほうろうき』という実体験を元にした漫画を描くために麻雀を始めた西原理恵子は、稼ぎをつぎ込み、莫大な損失を出す。
この漫画も以前読んだことがあったが、負けた分のいくらかは出版社がカバーしているのかと思っていたので、身銭を切っていたと知り驚いた。
そして既に故人となった、元戦場カメラマンの夫・鴨ちゃん。彼が西原理恵子の実父と同じアル中であったのも、何かしらの因縁を感じる。
彼自身がアル中の父親を持ち、「殺してやりたい」と思うほど憎んでいたというのに、自身も同じ依存症となり、結婚後、西原に対して暴言を繰り返していたという。
最後の最後で彼がアル中に打ち勝ち、短いながらも再び家族と穏やかな時間を過ごせたことは、まさしく「負のループ」の外に出たからこそ成しえたことだ。
知ることを恐れない、ダークサイドを直視する西原理恵子の強さ
この本を読んで気づいたことがある。なぜ私は西原理恵子が描く漫画が好きなのか。ただおもしろいだけでなく、さらに尊敬の念を抱くのか。
彼女は、目を背けないのだ。世界の暗い面から。見ずに済ませたい汚い部分から。
不都合なものを見ずに生きるのは楽だ。
奈良公園の鹿は有名だが、一定数以上に増えると周辺の畑を荒らすなどの害を及ぼすため、増えすぎた鹿を殺処分することもあるそうだ。
私がその話を以前働いていた職場で後輩に語ったとき、後輩に言われたひと言がずっと心に引っかかっている。後輩は、「その話は聞きたくなかった」と、この先奈良公園に行くことがあったとき、思い出して悲しくなるからと言ったのだ。
確かにそうかもしれない。でも、物事のきれいな面だけ見て裏に隠された事実を知ろうとしないのは、欺瞞ではないのか。差別がなくならないのも、結局は差別する側が、される側のことをよく知ろうとしないからではないのか?
不都合な真実から目を背ける人たちに対しなんとも言えないもやもやを抱いていた私は、この本でようやく、西原理恵子の何がすごいのかに気づくことができた。
彼女は世の中の裏にも表にも、平等な視点を向けることのできる人なのだ。そして、あまり知られていない、知ることを拒否する人がいる世界の貧困問題に切り込み、漫画に描き記事にし、日のあたる場所に引っ張りだしたのだ。
働くことは生きること。「カネ」は不幸も生み出すが、同時に希望ももたらす
西原理恵子が主張する、働き、お金を稼ぐことが「希望」につながるとは、あるいは山村で自給自足の生活を送る人などには通じないかもしれない。だが、その信念がどのように作られ、たぐいまれな実行力を持って「カネ」を生み出し、自身や家族の幸福を作り上げてきたのか、その過程は読み応えがある。
「カネ」は生きていくのに不可欠なものだ。だからこそ、大事なのは「カネ」より愛、などと安易に比較の対象にするのではなく、「カネ」をどうやって生み出し、どう付き合っていくのか。「カネ」にまつわる哲学をこの本は教えてくれる。
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