大人の文化から失われていた自然崇拝という原初的なモチーフを再生させ、予想される地球大荒廃の未来についての恐るべきファンタジーを繰り広げる 「風の谷のナウシカ」 - 風の谷のナウシカの感想

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大人の文化から失われていた自然崇拝という原初的なモチーフを再生させ、予想される地球大荒廃の未来についての恐るべきファンタジーを繰り広げる 「風の谷のナウシカ」

5.05.0
映像
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脚本
5.0
キャスト
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音楽
5.0
演出
5.0

この宮崎駿監督の傑作SFアニメーション「風の谷のナウシカ」は、日本のアニメーション映画の歴史の上で、ひとつのエポック・メーキング的な意味合いを持つ、優れた作品だと思います。

それまでも日本では、手塚治虫などの虫プロによる優れたアニメーションが、少なからず作られてきたと思います。なかには天才的な作品もありましたが、ただそれらはほとんど短篇で、劇場で広く観られる機会はめったになく、知る人ぞ知るという範囲にとどまっていたと思います。

また、大ヒットした長編も、もちろんそれまでにありましたが、しかし、かなりよくできていても、概ね子供向けという枠内にとどまっていて、大人の関心を集めるまでには到らなかったと思うのです。その点「風の谷のナウシカ」は、子供向けのエンターテインメントの作品として劇場で十分に商売になった作品であり、かつ、大人の関心も集め、大人の鑑賞に耐え得る、芸術的にも高く評価された作品になっていると思います。

そして、この映画は、単にひとつの作品として評価されたにとどまらず、原作・脚本・監督の宮崎駿が優れた芸術家として広く知られるようになり、引き続き高い水準を保ちながら仕事を続けることのできる、確固たる地位を築いたと思います。それまでは、どんなに傑出したアニメーション作家も、業界内とマニアたちの間での名声、あるいはマンガ家として既得の知名度以上には容易に出られなかったものです。

それらを考え合わせると、この作品は、アニメーションに現代芸術の重要な一分野としての市民権の認知をもたらしたものであったと言っていいと思います。そして、続いてやはり宮崎駿監督の「となりのトトロ」が現われて、これを決定的なものにしたのだと思います。

この「風の谷のナウシカ」は、どこが優れていたのか?  まず、テーマとその扱いがしっかりしているということです。近年、急速に大声で語られるようになってきた、自然環境の荒廃と保護がファンタジーとして語られるのですが、この問題は、それが大切なことであるというのは理屈では誰でもわかっているのですが、さしあたり有効な解決法を誰も示すことができず、どうしていいかわからないまま、あるいは解決法を実行に移す勇気がないままお手上げという状況になっているのではないかと思います。

これを芸術作品のテーマとしてとりあげる場合、解決法を示さずに警鐘だけ鳴らされても、憂鬱になるばかりです。しかし、解決法なんて誰も簡単に示せるはずがありません。この作品も、解決法なんて示してはいません。ただ、予想される地球大荒廃の未来についての恐るべきファンタジーを繰り広げるSFなのです。もちろん、言うまでもなく、この種のファンタジーは近年の映画では大流行であり、多くのSFが、劇映画もアニメーションも含めてこれを扱っています。

ただ、それらは文字どおりの荒廃のグロテスクな地獄図というワンパターンになっており、なかにはそれが空しさのポエジーのような域にまで達している例もいくつかありますが、概して退屈で憂鬱なだけです。そのなかで、この「風の谷のナウシカ」は、はっきりと別の方向を向いたユニークな創造を行なっていると思います。それは、荒廃の彼方に"新たな生命と美"とが再生して欲しいという祈念なのです。

この作品は、人類文明の破滅に近い核戦争で、地上のほとんどが人間の住めない状態になってから、千年後の物語です。地上の多くは瘴気という毒気のたちこめる腐海というものに覆われ、生き残った少数の人類は、かろうじて人間の生きられるあちらこちらの土地で、原始時代の部族のようにして暮らしているのですが、昔の部族社会もそうだったであろうように、性懲りもなく部族戦争をやっているのです。そして、風の谷というところでナウシカという姫君を君主にいただいている部族も、より強大な部族に圧迫されて小競り合いを繰り返しているのです。

かつての文明は崩壊して、一見、原始的な生活をしているのに、自転車や馬車みたいに手軽に乗りまわせるオンボロの飛行機だけは、たくさんあって使えるというところは、理屈抜きにマンガの特権を生かしたところで、おかげで痛快な空中戦の場面を存分に愉しめるし、それ以上に重要なのは、飛行機で腐海に乗り入れて、その不思議な眺望に存分に身をひたせることなのです。

そして、この腐海こそ、アニメーション映画ならではの創造なのだと思います。それは、核戦争の汚染によって出来た人間の住めない広大な地域なのですが、長い年月の間に各種のカビのような新しい植物が茂り、かつて誰も見たことのない、不思議な怪しい美しさに満ちた景観が作り出されているのです。そこにはまた、かつてない種類の虫が発生するようになっているのです。そして、その虫の最大のものが王蟲とよばれ、人間同士の争いで静かな生活をおびやかされた王蟲の大群が、怒って人間たちのところへ押し寄せて来るのを、虫をこよなく愛するナウシカが、命懸けでなだめて腐海に帰らせるというところが、クライマックスになっています。

研究心の旺盛なナウシカが、偶然、腐海の奥深くに入って行くと、そこにはかつてない新しい植物が茂っていて、それが瘴気というものを排出して大地を清めていて、まるで天国のような場所が生じていることを発見するのです。大破壊が終わってから長い年月を経て、そこにいつしか水によって汚染を自然に清める自浄作用が生じ、新たな生命の甦りの可能性が出ていることを発見するのです。なによりもそこが、感動的で素晴らしいのです。絶望の中にさえも、美や生命力を見い出すのが芸術の仕事だとすれば、この映画はその正道を歩んでいるのだと強く思います。

しかもそれが、とってつけたようなハッピーエンドではなく、ただ、虫を愛する精神を通じてのみ発見できるというところが、実にいいと思います。環境問題という究極の深刻な問題に向かって、真面目に考えていけば、ぎりぎり一縷の希望はそんなあたりからたぐり出す以外にないという、考えつめたところがあり、子供だましではなくついていけると思うのです。

人間は自然を滅茶苦茶に破壊してしまった。しかし、わずかに生き残った人類が、細々と風雨をしのぎ続けた悠久の年月の間に、地球はいつしか、新しい生命体として甦るようになっている。この新たなる自然への待望は、ほとんど、駄々っ子としての人類の母なる地球への横着きわまる甘えと言うべき性質のものなのですが、こうして甘えるには、虫を愛する心ぐらいは保ちますという誓いをたてなければならないでしょう。

そこに一筋の真情があり、祈りがあり、そうした心で照り映えるようにして腐海の情景が輝くのです。だから、これは逆説的な天国図とも言えるし、この映画の作者たちは意図しなかったことかも知れませんが、結果として、既成の宗教とは無縁のところから、突然生まれてきた新たなる宗教絵画だとも言えると思います。実写ではできない、アニメーションならではの創造である所以なのです。

この映画は、全くの空想の物語ですが、破壊と汚染の進む地球と人類の未来に、願わくば何か希望が残されておりますようにという、熱い願いというか、祈りによって生み出された"芸術的な幻想"だと言っていいと思います。

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