ジェイソン・ステイサムの正しい使い方の映画
正統派クライムサスペンス
キム・ベイシンガー演じるジェシカは、理由もわからずいきなり誘拐されて屋根裏部屋のようなところに監禁される。そして彼女の息子までもが後で連れてこられてしまう。悪役のリーダーはジェイソン・ステイサムで、彼が演じるイーサンは屋根裏部屋にあった電話をハンマーで粉々にしてジェシカに絶望感を与え出ていくのだが、ジェシカは持っていた理系技術で粉々にされた電話を復元。偶然電話がつながった青年に助けを求め…といった正統派ハリウッド的サスペンスなのだけど、正統派だからか、意外に面白く最後まで観ることが出来た。
この映画に大きく貢献しているのは、キム・ベイシンガーの演技だと思う。「ナイン・ハーフ」や「LA・コンフィデンシャル」などでもその素晴らしい演技で大女優といった風格があったけれど、今回の「セルラー」でもさすがと思える演技だった。
ただものすごい美人だという印象があったけれど、今回の映画では確かに綺麗なのだけれど、それほどでもなかった。それもそのはず、1953年生まれの彼女はこの映画公開当時51才にもなっている。しかし年を考えるととてもそうは思えないスタイルで、さすが女優だなあと思えた。
ジェイソン・ステイサムだけだといささか軽く仕上がってしまうだろう映画が、キム・ベイシンガーのおかげで一段階映画の質があがっているのは間違いないと思う。
ジェイソン・ステイサムの演技
アクション系映画がよく似合う彼は、あまり細かい演技が出来ないと思う。そのため適材適所というか、間違って使ってしまうともう一つ残念な仕上がりになってしまっていることがある。最近観た映画では「SAFE」がそれだった。妻を殺されて絶望する表情がどうもうまくない。ホームレス同様になって街をうろついていても筋肉ムキムキではもうひとつ悲壮感が漂わないし、強すぎるというイメージが先行して、どうにかなるだろうと思って観てしまうのだ。逆に「トランスポーター」や「ミニミニ大作戦」ではそれほど深い演技が必要ないけれど彼のニヒルな表情は不可欠だったため、よくはまっていたと思う。そういう意味では彼の使い方は一つ間違うと大変なことになってしまうと言ってもいいかもしれな。でもそれは別にジェイソン・ステイサムに限ったわけではなく、筋肉系俳優には往々にしてそういうことがよくあると思う。筋肉俳優の代名詞のようなシュワルツェネッガーもそうだ。「ターミネーター」シリーズは無表情でいけたから良かったけれど、「コラテラル・ダメージ」のような複雑な演技になってくるとかなりつらかった。だから筋肉系俳優は演技できる役どころがかなり狭くなってしまうと思う。
今回の映画は、ジェイソン・ステイサムは悪徳警官で悪役に徹し、最後までワルを演じた。彼の凶悪な表情とうまく相まって、ハンマーを振り上げたところや青年ライアンを追いかけるところなど、本当に怖かった。ああいう役なら彼はもしかしたら地でいけるのではないだろうか。それくらい理想的なジェイソン・ステイサムの使い方だと思える映画だった。
個性豊かな脇役たち
キム・ベイシンガーとジェイソン・ステイサムだけでもビッグネームなのに、この映画は他にも顔をよく見る俳優たちが脇を固めている。
妻の尻に引かれながらも誠実な警察官ムーニーを演じているのはウィリアム・H・メイシー。「ファーゴ」や「ジュラシックパークⅢ」などで登場する彼の顔を知らない人はいないだろう。情けない表情が特徴的だけど一般的な市民の強さや弱さをうまく演じる俳優だと思う。
あとはノア・エメリッヒ。この人ほど警官が似合う俳優もあまりいないと思う。悪徳警官も立派な警官もどちらも実にうまくこなす。「プライド&グローリー」では立派な警官である長兄役がはまりすぎるくらいだった。今回は理解ある上司を演じながらも実は悪事に手を染めている警察官で、これは「トゥルーマン・ショー」で彼がやった役と少し似ているかもしれない、と言えば乱暴だろうか。
面白いのは、ライアンに2回車を奪われる情けない弁護士役の俳優だ。特徴のある顔だちのため妙に記憶に残っており、どこで観たのかと思っていたら、「デイ・アフター・トゥモロー」でお金でバスの運転手を買収して逃げようとしていた高いコートのビジネスマンだった。短い登場時間ながらも強烈な印象を残す役者らしい役者だと思う。
ちょっともったいなかったのは、ジェシカの夫を演じたリチャード・バージだ。彼は「24」などでも脇役ながらも重要な存在感のある役どころをうまく演じる印象があるので、今回のセリフがほとんどないような役はすこし役不足ではないのかなと思ってしまった。
家族が追われる羽目になってしまったビデオの弱さ
今回ジェシカ一家が追われる羽目になってしまったのは、ジェシカの夫が仕事中に偶然撮ってしまった、イーサンを始めとする一味がギャングからドラッグと金を取り上げた挙句殺したことがばっちりと映っている映像だ。これが偶然にしてはいささかうまく撮られすぎなな映像というような気がした。しかもその犯行が行われたのは夜の港でも倉庫でもなく、白昼堂々おそらくは国道沿いのような明るい見通しのいいところで行われている。こんなところで銃など使えばなにもこの夫だけでなく、もっと目撃者がいても不思議でないと思うのだ。そこがちょっとリアリティがないなと思ったところだ。
あともうひとつ、ジェシカは生物の教師だから生物学的な知識があって身を助けるけども(一分に30リットルもの血液を通す腕の血管のことは覚えておいて損はないかも)、粉々に壊れた電話を元に戻すくらいの理系の知識と技術は生物のそれとは質が真逆だ。だからそれなりの伏線があったほうが良かったのではないかと思った。
クリス・エヴァンスの好演
どこかで見たことがあるなと思った彼は「キャプテン・アメリカ」の彼だった。あとは「スノー・ピアサー」が記憶に残っている。この映画はそれらから10年近く昔ということもあり、今回はさすがに若々しい。まるで学生のような初々しさもあり、それでいて演技もうまくて好感が持てた。イーサン相手にうまく駆け引きをしている最中、元彼女にフードを引き降ろされうろたえるところなどは演技に見えないリアルさがあり、笑うところでもないのに笑ってしまった。この映画の質を一段階引き上げているのはキム・ベイシンガーの演技力もあるけれど、ひたむきな彼の演技もそれに一役買っていると思う。
それはそうと、この彼、時々ニコラス・ケイジとよく似た表情をするときがある。息子か血縁かと調べてみたけど、まるっきり関係ないようだった。よく似ていると思ったんだけど…。
母親の強さと改めて感じるキム・ベイシンガーの美しさ
結局ジェシカが見張りと運転手を2人倒したから助かったようなこの結末、夫はあまりにも非力すぎてすこし残念だった。せっかくの悪役顔リチャード・バージなのに…もったいない。
ジェシカは常に子供を守り気にし、隙を見ては相手を倒そうとする必死さがひしひしと伝わってきて、母は強しだなあとつくづく思った。
そして最後の場面。髪も服も乱れに乱れたジェシカだったけれど、不思議と登場当初よりも美しく見えた。また初めて出会うライアンへの語りつくせない感謝と感激の気持ちが表情だけですべて表れていて、ちょっと鳥肌がたってしまった。これらはすべてキム・ベイシンガーの実力だと思う。。
「何かお礼を」というジェシカに「二度と電話してこないで」と笑うライアンとの会話は、今までのスリリングなストーリー展開から一変、観る側をほっとさせるいい場面だと思う。
この映画はもっと軽い映画かなと思っていたけれど、そのままだとただの娯楽映画になるところを、俳優たちによってワンランクにひきあげられた、そんな気がするよい作品だった。
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