絶望の中の、暖かい心の拠り所を感じる作品。
独特の作品感。
この作品は大好きで、これまで何度も読み返していますが、このレビューを書くにあたって改めて全巻読み直しました。私はもうすぐアラフィフの主婦で、小さい頃から漫画が大好きなのですが、アラフォーの頃から、もう若い世代の漫画家さんの漫画は読む事が無いだろな・・・と思っていた矢先に出会った漫画で、また年齢や世代ギャップの違和感無く、すんなりのめり込めた作品です。作者の芦原妃名子先生の作品はこの「砂時計」しか読んだ事が無いのですが、独特の作品感のある漫画を描かれている漫画家さんなのだな・・・というのはこの一作を読んでもよく分かります。物語はとても暗くて、とても深い人間の心の傷やトラウマや痛みが描かれているのですが、時折ギャグっぽいシーンが入る事によって、昼ドラ的なドロドロも、読んでるこちらも悲しくなるようなそれぞれの登場人物の痛みも充分に伝わってくる反面、くすっと笑う事で痛みがやんわりと自然に少し和らぎ、それが絶妙な世界観を作ってるのだと思います。ずるずると暗い中に引きずり込まれ過ぎない感じが、読んでいて心地よく感じられます。これが芦原妃名子先生の漫画の独特な世界観を作っているのだと私は思います。先生の絵の表現力も凄く個性的で、非常に画力があります。ショックな時の顔の表現は特にですが、恥じらう部分とか、泣くシーンとか、笑顔のシーン、また微妙な時の顔の表情など、それぞれとても印象的な描き方をされていて、その上で、重要な言葉の一つ一つがそれぞれのシーンで活きていて、とても心に残るのだと思います。
杏ちゃんの深い心の傷と葛藤。
この物語は、主人公の母親に自殺された杏ちゃんのとても深い心の傷のお話です。そう簡単には消えない心の傷を少しずつ、何とか乗り越えていこうとして、好きな人との出会い、別れを繰り返し、強くならなければならない、絶対に泣かないなど、そうしてもがきながらも一生懸命生きていこうとするその姿が本当に痛々しく、何度読んでも読んでる間中涙ながらにひたすら応援したくなります。頑張ってる人に「頑張って」と言ってはいけない・・・と母親が生前に倒れた時に診療したお医者さんに、杏ちゃんはそう言われるのですが、そのちょっと前に「頑張って!」と母親に言った事が心の傷になるのですが(このシーンのお母さんの何とも言えない表情は忘れられません。)、これは本当に心に残った場面で、自分自身、この漫画を読んでから容易に人に、”頑張れ”と言えなくなりました。精神がギリギリで、もうこれ以上頑張れないというほど極限まで頑張ってる人に頑張れと言うのはますます追い詰める事になるのだと。それと、幼馴染の月島藤くんが東京で家出中に助けてもらった子持ちで離婚調停中のホステスの女性が、「子供達はあたしの希望。人間たったひとつでも希望があるうちは絶対死ねない。」と杏ちゃんに言うシーンがあるんですが、私自身も子供がいますから、どれだけ絶望しても、どれだけ死にたいと思っても、子供を残しては絶対に死ねないという思いがありますから、この言葉にはすごく共感したし、分かるのです。でも、杏ちゃんの母親は杏ちゃんを捨てて死んだ。杏ちゃんは「あたしはママの希望になれなかった」と。彼女の心の傷の大きさを本当に描いてる部分だと思いました。「何故自分をおいて死ねたのだ?」と、何度も思ったでしょう。だから、藤くんが大きな悩みを抱えていると知った時、「頑張らなくてもいい。無理しなくてもいい。休んで逃げたっていい。」と言うんですが、この部分は自身が母親の自殺を抱えている分、本当に重みがありました。杏ちゃんの、何とか藤くんを救おうという必死な心が嫌というほど伝わってきました。また、この女性は杏ちゃんは「見かけよりもずっと不安定」だと、どうして藤くんが杏ちゃんを好きになったのか分かる気がすると、藤くんに言うのですが、この「見かけよりもずっと不安定」という表現もとても重く、このたった一文で杏ちゃん自身、杏ちゃんの置かれ続けてきた状況をとても上手く表現しているなと・・・凄く心に残りました。
2人の男子、大悟と藤。
この杏ちゃんを表になり、影になり、二人の男子が見守って、支えて、いきます。幸せになって欲しいと願います。どちらもそれぞれタイプは全く違うのですが、もの凄く素敵な良い男子です。それが両親が離婚して母親の実家のある島根県に12歳の時にやってきた杏ちゃんが初めて出会った、幼馴染の北村大悟と月島藤です。一番辛い時を一緒に過ごしてくれた友達であり、好きな人です。大悟とは中学の時に男女の関係として相思相愛になり、でも、一緒に落ちていくのを良しとせず、好きだから別れた後、藤くんと付き合う事になるものの、やはり大悟が忘れられずに別れてしまう。その後心が揺れた人と婚約までいくものの、こっぴどくふられてしまいますが、最後には大悟と結ばれめでたく初恋が成就する訳ですが、大悟と杏ちゃんがくっついて欲しいと心の底から思いながらも、ついつい藤君の応援ばかりしてしまう・・・そんな読者がさぞかし多かったと思います。笑。良家のお坊ちゃまながら、自身の出生に悩む藤くんはどこか影があり、素直じゃなくて、口数も少なく、誤解を受けるタイプで、こういうタイプは女心をくすぐるのです。しかも、凄くハンサムですから。笑。そんな藤くんが杏ちゃんにだけは自然にふるまっているのが凄く作品の中でも印象的かつ胸キュンな感じで、笑、大悟には悪いけど、藤くん派が大変多かったのではないかと思います。杏ちゃんの異母妹、ちいちゃんが「藤くん派~」っていうところが凄く好きなんですが、笑、その気持ち分かるなぁ・・・と。杏ちゃんと大悟がくっついて嬉しいのは勿論ですが、最後には藤くんも幸せになってくれて良かった!と思わず思ってしまいました。
現代に蔓延する色々な問題。
が、この物語には多く含まれているように思います。昨今の凶悪犯罪の裏には、人の心の痛みを感じない人間が増えているからだと言われています。頑張りすぎて死んでしまったり、子供を大事に思ってない訳ではないだろうに、子供を殺してしまったりする。子供を置いて自殺してしまうのも、精神的に、そして暴力をふるって子供を死なせてしまうのも、つまりは子供に一生癒されないようなトラウマを植え付けるという行為に変わりなく、誰でも心に繊細な部分は持っていると思うのだけど、その繊細な部分が他人には計り知れず、どんどん傷つけてしまったり、色んな心の闇の深さは色んな問題に繋がっています。杏ちゃんが作品中、疲れ果ててしまい、もう何も心残りが無くなったと感じ、そして朦朧とした意識の中で自殺を図ってしまうも、途中で自分の死によって悲しむ人が沢山いて、時分が経験したその苦しみを大事な人達に与えていいわけが無い、死にたくないと思うのです。杏ちゃんは大悟がかけつけたお陰で助かるのですが、実際、自殺を図る途中で死にたくないと思いながら、死んでいく人もいるのじゃないか・・・とこのシーンを読んでぞっとしました。この作品で作者が一番伝えたかった事は、おばあちゃんが助かった杏ちゃんに言った「1人じゃないから」という部分だったのではないかと
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