読み応え十分!珍しい平安時代初期が舞台の作品 - 火怨 上 北の燿星アテルイの感想

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火怨 上 北の燿星アテルイ

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読み応え十分!珍しい平安時代初期が舞台の作品

4.54.5
文章力
5.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

「奥州5部作」の2作目

岩手県出身の高橋克彦によって著され、2002年に講談社より出版されています。全部で、上巻・下巻発行。現在は、文庫版や電子書籍版も出ています。

高橋氏の前の著作「風の陣」の続編にあたる作品で、2016年には、直接の続編にあたる「水壁」がハードカバー版で出版されています。

ただし、「風の陣」を読んでいなければ、全く話が繋がらない、というわけではなく、単独の作品として読んでも、支障は全くありません。

「蝦夷 対 朝廷」に至った背景が、入念に描かれる

物語の背景は、平安京に遷都したての平安時代初期にあたり、当時、東北全域にいた「蝦夷」のリーダー「阿弖流為(アテルイ)」と、彼を補佐した「母礼(モレ)」、朝廷の人間として彼らを制圧しに来た、征夷大将軍の「坂上田村麻呂」の3人を中心に話は進みます。

蝦夷は文字を持たず(使わず)、彼ら自身が記録を残していないため、現在でも朝廷側の資料しか残されていないため、研究が進んでいません。アイヌの先祖にあたる民族だったのか、それとも、朝廷に逆らうただの反乱軍の名称だったのか、はっきりとしたことは言えない状況です。ある意味、存在があやふやな蝦夷の、数少ない資料を調べ上げ、作品として書き上げた高橋氏の力量には目を見張ります。高橋氏は、蝦夷を日本民族とは別の民族として、本作では表現しています。

なぜ蝦夷が、朝廷によって制圧されるようになったのか、そのおおもとの背景には、聖武天皇の時代に建立された東大寺(もっと言うと、その中に鎮座させる大仏)があります。

当時の日本には金鉱山がなく、金は中国から輸入するしかありませんでした。その様な状況の中、東大寺建設の最中に、東北で金鉱山が発見され、輸入に頼らずに、大仏に金を塗ることが出来るようになります。

蝦夷にとっては対して価値がなく、タダでくれてやっても良い金は、朝廷にとっては喉から手が出るほど欲しいもので、さらには、力づくで独占しなくてはならないもの(朝廷は、蝦夷も当然、金が欲しいものという認識で動いてしまいます)なので、大規模な軍による蝦夷の征伐が始まります。

このあたりの、金に対する当時の価値観の違いを、丁寧に書かれているので、物語をより深く読み込むことが出来ます。

マイナーな時代が舞台でも、読み応え十分

金への価値観の違いから端を発した、蝦夷と朝廷の争いは、蝦夷にとっては己の誇りをかけた戦いに、朝廷にとっては威信をかけた、征服すべき「領外の民」との戦いになっていきます。

蝦夷の若きリーダーの阿弖流為と母礼は、それまでのバラバラだった蝦夷を一つにまとめ上げ、数の上では圧倒的に上回る万単位の朝廷軍を相手に、勝ちをもぎ取っていきます。

ただ、よくある「俺TEEE!」な展開ではなく、阿弖流為たちは数の劣勢を補うために地の利を生かして策を練り上げていきますし、数に頼んだ朝廷軍は、負けるべくして負ける行動を数多く取っています(この朝廷軍の度重なる敗北については、実際の朝廷側の資料にも詳しく記録されています)。

このあたりの、蝦夷側、朝廷側の行軍の様子も、入念に描かれており、東北の地理を詳しく知っている人なら、行軍の展開の仕方の様子が、さらにわかりやすく、面白く読み進めることが出来ると思います。私は、東北の地理は大体わかっているので、読み進めやすかったのですが、東北にあまり詳しくない方は、本作から東北について詳しく調べてみるのも、面白いと思います。

蝦夷を人間扱いしない(むしろ、奴隷扱いですらなく、動物扱いをしている)朝廷側の人間に会って、蝦夷を同じ「人間」として見ている坂上田村麻呂は、阿弖流為と友情を交わしていきますが、朝廷は今度こそ蝦夷を征服するために、坂上田村麻呂を征夷大将軍として、大軍を与えて東北に向かわせます。

阿弖流為への友情とは別に、征夷大将軍として蝦夷との戦いに向かう坂上田村麻呂と、蝦夷にとっての望ましい未来について考える阿弖流為の出した結論が、下巻で丁寧に描かれています。

学校の授業で、日本史をかなりまじめに勉強していた人なら、蝦夷の闘いの行く末が分かってしまうと思いますが、私も分かってしまい、最後まで読み進めるのが惜しいから、しばらく読むのを中断していた、という初めての経験をしてしまいました。

歴史小説は、下手をすると時代背景の説明にページを割きすぎてしまい、話が冗長になってしまう事もあるのですが、本作は特に、平安時代初期の東北という、かなりマイナーな時代を舞台にしていながらも、内容が説明に終始することなく、さらにはしっかり説明されているので、「小説をこれから書きたい人」にも、参考になる良い作品だと思います。人物描写も、実在の人物も出てくるのですが、「血の通った人間」として、思い入れを持って読むことが出来ます。

個人的に、最後は、ほろ苦くもあるし、かっこよくもあるし、悲しくもあるし、美しくも感じる、何とも言えない読後感を味わえた、素晴らしい作品です。歴史小説の中でも、良作の部類に入ります。

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