己の意志を貫いた話
したいことをするということ
14巻を初めて読んだときの衝撃を、今でも覚えている。いや、11巻辺りから驚いてはいたのだ。推理ものを読んでいたはずが、突然造物主だの救世主だのというファンタジーな単語が飛び出してきた。それでもあとがきを読んで、現実の宗教戦争とさして変わらないな、と結論を出して読み続けていた、さなかの突然の主人公クローン宣言。素で「は?」と声が出た。しかも結末が絶望的だ。これは大団円はありえない。それどころか絶望的な、どうしようもない終わり方だって十二分にある。思い切りがよすぎだし、よくガンガン編集部もGOを出したなあ、と思ったが、あとがきを読んで更に笑った。歩がクローンだって編集者にすら話してなかったんかい! それまでの実績があったから許されたことではあろうが、もはや一種のテロである。
とまあこんな調子で、原作者はひたすらにこの作品の中で、したいことを貫き続けた。あとがきでも宣言してあるとおり、ファンタジー路線は途中での路線変更なので唐突ではある。だがたしかにこうじゃないと主人公が歩である意味が何もないな、と納得はできてしまった。そんな力強すぎる作者の有り様を、この話の登場人物たちは見事なまでに写していく。
カノン・ヒルベルト。己の祈りが続いていくと信じた、そのために殺される道を選んだ。
結崎ひよの。すべての偽りを捨てて歩と話したいと願った、そのために歩を裏切った。
鳴海清隆。多くの願いがあれど、ただ救われたいと願った、そのために暗躍し続けた。
そして主人公、鳴海歩。自分の魂を救う、そのために自分の救いを捨てた。
他にも何人も己の意志を貫いていった登場人物たちがいる。彼らはあらゆる意味で原作者の分身だろう。彼らの生き様はとても鮮やかで、その結末が悲壮であっても美しい。
76話、かつて結崎ひよのと名乗った女性と歩の別れのシーンは息が詰まった。己の意志のままに生き、それを貫くために手を離す歩。離れたくないと願いつつも、歩の願いを叶えたい、その意志を貫くために同じく手を離す結崎ひよのであった女。別れのあとに涙をこぼした彼女を見てさすがに一緒に涙がこぼれたが、そのあとの歩で何を言えばいいかすらわからなくなった。
幸福、という観点で見るなら彼らの選択は幸福ではない。だがそれが彼らの望みだった。その意志を大切にした結果がこれしかなかった。これほど力強く鮮やかで、どうしようもなく胸が痛い離別を私は知らない。
その結果振り回されるということ
己の意志を貫く人は美しい。だがその生き様は嵐を起こし、様々なところに余波を招く。言ってしまえば盛大に振り回される人間だってたくさんいる。まどか、ラザフォード、火澄、キリエと挙げていけば本当にキリがない。それでも愛する人のためにどっしりと構える人間もいれば、その中で自分の道を探してもがく人間もいる。その行き着く先はそれぞれだ。振り回された人間は、皆が皆幸せになっているわけでは当然ない。
己の意志を貫く人間は美しい。だが同時にひどく二次元的だ。良くも悪くも「漫画の登場人物」である。より「人間らしい」のは、振り回されている彼らの方だろう。こんな人間がいるか!と言ってはならない、漫画は漫画だ。だが作中でも特に火澄の選択はあまりにも人間らしく、その絶望には正直共感してしまった。彼の結末は絶望よりはましな救いではあったものの、ただただ物悲しい。
ところで原作者がひたすら己の意志を貫いていった結果この漫画はこうなったと序盤で述べたが、ならば振り回されたのは誰なのか。編集者もそうだろうが、どう考えても一番振り回されたのは作画を担当した水野英多先生だ。最終巻のあとがきには涙を禁じ得ない。クローンって…こっそり水野先生にくらいは伝えて差し上げてもよかったのではないか…お気の毒に。
突き抜けたキャラクター重視
この漫画は6年続いた。6年も続いてしまったのだから仕方がない。とはいえ、途中の路線変更が相当に響き、漫画として冷静にこの作品を見たとき、破綻していると言われてしまっても仕方がないものではあると思う。なにせジャンルが変わっているくらいだ。キャラクターに感情移入しないタイプの人は駄作と断じるだろう。私はこの話をハッピーエンドだと思うのだが、バッドエンドだと言われたら頷くしかない。歩の行く末はどうしようもない死だ。それは確定している。そういった意味で、この話は本当に一般受けしない。今この作品が世に出たときの評価は正直考えたくないものがある。
けれどもこれほどまでに登場人物の意志を大切にした漫画が他にあるだろうか。展開に振り回され、世界観すら変わっても、彼らは彼らのままだった。展開にキャラが崩壊させられた例はひとつもなかった。だからこそ印象的なシーンの力強さは尋常ではない。
物語を作り上げていくのは人間だ。それを力強く示し続けるこの作品が、愛おしくて仕方がない。
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