日本と世界の未来予測に鳥肌が立つ
この著者は未来が見えているのだろうか
この小説で描かれる日本の未来がもうそこまで来ている。小説が発売されたのは2013年であるが、2017年の今すでに小説内で描かれた災害が始まりを見せているように思える。ネタバレになるがこの小説では殺人アリによって北海道を中心とした日本が災害に飲み込まれる様子を描いている。アリのよう小さな虫によって人間が滅ぼされることがあるのか?と最初はメインのヒール役をやや疑った。しかしそこはやはり京都大学の頭脳を持った著者によって、作中の悲劇のドミノ倒しにより疑問が間違っていたことを徐々に示されていくのである。そして今日の日本ではヒアリと呼ばれる強力な毒をもったアリが上陸し日本全国でその警戒レベルを上げていることは周知の事実である。2013年の本書出版から早4年の歳月の中で著者が描いていた悲劇が少しずつ地面の下でうごめいているようで虫唾が走った。世界の終わりを描いている小説は様々あるが、個人的に医療関連が多いように思われる。未知のウイルスやバイオテロなどによって世界が破滅に向かっていくといったストーリーである。しかし今回登場するのはアリである。菌を保有しているとか生ぬるい事情ではなく、アリが突如として大群で人間を襲い人間のわずかな皮膚の隙間から体内に入り込み臓器をむさぼるのである。体内の矮小な存在でより、この世のものとは思えない苦しみの中で大量の人間が死んでいく様は鳥肌ものである。アリによって殺された人間の断末魔が耳元で聞こえたような気さえした。映画化されるとしたらR-15くらいになりそうだ。ストーリー設定の斬新さもさることながら今回も登場人物たちが物語を忘れえぬものにしている。
やっぱり自衛隊は大活躍でも・・・
今回の安生作品でもやはり「国の存亡の危機」ということで自衛隊が活躍する。登場する廻田三佐の男気に女性読者も抱かれたくなったのではないだろうか。廻田三佐は防衛大学校卒という設定になっているのでおそらく30代中ごろの男盛りであると予想される。個人的にはもし映画化されるのであれば鈴木亮平さんあたりに渋く演じてほしい。話を戻すとが、この廻田三佐は過去に自分の管理下にある部下を自殺させてしまうという悲劇に見舞われている。部下を失った悲しみと自責の念から殺人アリとの戦いに自ら進んでいくのである。また作品後半では殺人アリに襲われて死にかけている部下を射殺することにより安楽死させている。難しい決断の中でも己の感情に揺さぶられることなく確実な判断を下していく彼によって物語の安定感が増していく。一方で安定感とは対極にあるのが研究員の富樫である。彼も過去に家族との死別という悲劇を経験している。ずば抜けた才能と頭脳を持ちながらも、その偏屈な性格ゆえに周りと調和することができずに薬物依存症となっている。薬物と厳格により物語のキーマンでありながらも同時に廻田の足を引っ張る存在となっている。未曽有の大災害のなかで大切な誰かを守るために戦う人たちに目頭が熱くなる作品である。このゼロシリーズのなかで見事なのは自衛隊組織ひいては国家安全保障システムのディテールが忠実に描かれていることである。私の知人で現職の自衛官がいるがここまでリアルに自衛隊ヘリの離着陸や武器装備について描かれていることに驚いていた。この作品を読んだ方ならお分かりになるだろうが、軍隊の最前線を追体験しているような臨場感を味わえる。北海道の巨大プラントの中を壁伝いに一緒に歩き、冷や汗と脂汗でぐっしょりとした戦闘服が張り付くようにさえ感じられる。近年の「このミス」では正直言って先が見通せてしまうようなミステリーも多く、なんとなく付き合いで最後まで読むといった作品もあるが、安生作品は仕事を削ってでも読みたくなるような興奮に飲み込まれる。やはりこの興奮を作り出しているのは、この悲劇はもしかしたら明日私の町で起こるのかもしれといった恐怖や焦りから来るように思われる。
人間の環境破壊によって、自分たちが滅ぼされる
安生作品に共通しているのは人間の弱さが悲劇を引き起こすという点である。今回は有害な廃棄物の投棄によりアリが狂暴化し人間を襲うというのがメインである。しかし、殺人アリが悲劇の原因であるということがわからない段階では人々は恐れ逃げ惑う。恐怖にかられた住民たち2000人あまりがタンカー船で外国に逃げようとするものの、外国から警戒され迎撃されてしまい民間人が悲劇の死を遂げている。東日本大震災の時の東北の人々の互いを思いやり規律を守ろうとする姿勢が国内外問わず賞賛された。しかし、それをも超える未曽有の災害が発生し何を信じてよいのか疑心暗鬼に陥った人間は他者を想う気持ちは残されているのであろうか。他人を見捨ててでも自分が生き残ろうともがくのではないだろうか。他人よりも最後は自分を優先し生き残ろうとする姿勢は人間としての本能なのであれば誰がその本能を否定できるのであろうか。この疑問に光を指してくれるのは小説の最後の脱出シーンのように思える。人は自分が死に直面した時に初めて本能的に生きることができるのではないだろうか。安生作品は常に問うてくる「人はなぜ神によって生かされているのか」ということを。
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