読み返せば読み返すほどどんどんその魅力に気付く物語である
バトルよりも会議が面白い
ワールドトリガーの物語の舞台は日本の中核都市、「三門市」。ある日、異世界からのゲートが開き、「近界民」から侵略されていたところに現れたのがボーダーで、それ以降町の平和を守るためにボーダーが現れる近界民達を撃退している。一見ただのSFバトル物の話に見えるが、実は葦原先生の得意分野でもある「組織運営」の描き方がとても上手い。ボーダーの組織として中心を担うのは本部司令の城戸さん、開発室長の鬼怒田さん、メディア対策を行う根付さん、外務営業を担う唐沢さん、本部所属本部長の忍田さん、そして三雲隊が所属する玉狛支部長の林藤さん。この6人が所謂本部の幹部であり、一心同体で本部の運営に回るのかと思えばそうではなく、「皆が皆別の目的の為に動いている」というリアリティ溢れる組織内には派閥争いが存在している。上の命令をはいはいと聞く訳ではなく、本部の規定の穴を突いたり、屁理屈を言ったりして自分の本位ではない命令を退けたりすることもあった(黒トリガー争奪戦時やヒュース入隊時)。一見「子供たちが違う世界から来た化け物と戦う」という如何にもファンタジーな物語だが、表立っては協力しているように見える本部の中での水面下の戦いや、大規模侵攻後に修を根付さんがスケープゴートにしようとしたときの記者会見など、「本部の裏方」の描写をしっかりと描くことでよりリアルに、現実的な物語として違和感なく頭の中に入って来るのだ。
持たざるメガネは進化する
やはり4人いるうちの主人公の一人である三雲修について触れずにワールドトリガーは語れないのではないだろうか。基本的に彼を主軸としてストーリーは進んでいく。彼の特徴として「常軌を逸脱した精神以外は何も特技を持っていない」ことがあげられる。元々千佳が近界民から守るためにボーダーに入隊した修。正義感の塊で、「僕がそうするべきだと思った」ら絶対に逃げ出さないある意味独善的な人間であり、それが原因で周りや自分が窮地に陥ってしまうこともしばしば。また物語冒頭で学校に出現したモールモッド相手に「絶対に死ぬ」と遊真に断言されつつも生徒を守る為に交戦したりと自分が不利な状況であること、絶対に窮地に陥ることが分かっていても突っ走ってしまう傾向があり、危険時に守りたいと思った対象が助けることが出来れば自分はどうなってもいいという思考すら読み取れる。この自分の理性を無視するような行動について本人は、「自分が「そうするべき」と思ったことから一度でも逃げてしまえば、本当に戦わなければいけない時にも逃げるようになる」と語っており、自分の弱さを自覚している故の行動の模様。また、B級に上がった後も烏丸から「ホントにB級か?」と言われるほど弱く、訓練を積んだ後もB級下位レベルの実力しか上げることが出来なかった。戦闘のセンスは(遊真や千佳と比べると)無いものの、判断力と学習能力に優れておりA級3位の風間との戦闘では23敗の後1引き分けに持ち込むなど、徐々に自分が弱いということを頭に入れたうえで行動出来るようになる。この学習能力の高さが最も顕著に現れているのが木虎に頭を下げて乞うた「ワイヤー戦術」で、「自分がすぐに緊急脱出してしまう」ことを念頭に置き、自ら相手を倒して点数を取りに行くのではなく、あくまでも仲間をサポートすることに徹することで自分が緊急脱出した後もワイヤーの妨害が可能になり、周りの隊員たちからも「放置すると面倒」と称されるだけの成長を遂げている。大規模侵攻では重傷を負ったり、ランク戦では早々に緊急脱出してしまったりと全く戦闘要員としては役に立たない(立たなかった)修だが、彼の真価は戦闘ではなく、その人柄にある。良くも悪くも一本筋が通った彼の思考と正直さ、人間関係の構築等は結果を見れば近界民である遊真や捕虜であるヒュースを自隊に引き入れたり、司令に許可を取ったり、更には上層部やA級隊員から目を掛けられていたりという非凡な結果を出しており、その点は優れていると言っても過言ではないだろう。
あとからじわじわ存在感を増す情報
贔屓目を抜いてもワールドトリガーの集団戦の駆け引きはクオリティが高いと言える。勿論近界民に対して組織で防衛する故に集団戦が多いのは分かると思うが、「一人だけが圧倒的に強い」というパワーインフレを一切起こすことなく、キャラクター個人個人がしっかりと頭を使って戦略を立てたうえで動いているので、理路整然としている。更にこの世界ではトリガー文明故に他人の視覚情報や聴覚情報を共有したりと近未来的な戦闘が展開されている為に敵味方双方の司令官(オペレーター)の元には大量の情報が集まってくる。目の前で戦況が動き、それに対してお互いが一手を選択するというスピーディな戦闘の動きに手の汗握ってワクワクした人も少なくないはずだ。そして、情報が戦闘の要である故に「知らない」ということが即緊急脱出に繋がるのも特徴で、どれだけ強い人間でも所謂初見殺しが決まれば瞬殺されてしまう。自分も相手も武器の性能を説明したりしないために、お互いに戦闘を通じて情報を得るしかないというところも情報の重要さを高めている。これは大規模侵攻時の対近界民戦だけではなく、修が「ワイヤー戦法」を初出ししたランク戦では相手を動揺させて大勝利したことから理解できると思う。「弱い」相手だった三雲修が、自分たちの知らない戦法を持ち出してきたことで踊らされて実力では上の筈なのに大敗してしまうからだ。
集団戦だからこそ描かれる心理
大規模侵攻では特に精鋭たちがこの初見殺しの武器によってどんどん緊急脱出していくが、この精鋭たちが暴き出した武器の情報によって別のキャラクターが戦うときに役に立つという必要な犠牲としてまた活きてくるトリガーとなる。隊員たちが犠牲となって得た情報を元に弱点を攻める戦略を立て、一点反撃に出る様は実に鮮やかでもう一度また隊員が緊急脱出したシーンを読み返したくなること間違いなしだろう。また、集団戦というのはマンガで見せるのは難しく、いつの間にかスポットを当てているキャラクター以外が全く動きを見せていなかったりすることが多いが、ワールドトリガーでは複数のキャラを同時進行で動かして見せるのが非常に上手い。葦原先生は「集団戦の方が書きやすい」と書いているようだが、勝負そのものに臨場感と説得力がないと集団戦は基本的に面白くならないということを考えれば、それぞれのキャラクターが読者の納得できるような動き方をしてそれぞれ動く、さらに性格が反映されていたり、直前の出来事が思考を左右したりと様々な設定を盛り込んで書くのは非常に難しいのではないかと思う。
新規ファン獲得が難しいのが課題
しかし、何人もの隊員が一気に動きを見せ、それぞれの思考が描かれるために主人公だけを追うということが難しいワールドトリガーでは、1週読み飛ばしただけで訳が分からないことになっているなんてこともざらで、それが新規ファン層の獲得への大きな壁となっているということは否めない。また、葦原先生自身が揶揄しているようにキャラクターの描き分けがそこまで上手くない。何人も大量にキャラクターが投入されるワールドトリガーでは、ぱらぱらと読んでいるだけだと誰だかわからないという状況に陥りやすく、現に初期から登場するキャラクターである迅と嵐山の髪型が丸かぶりという状況も起きている。その為葦原先生の短所としてキャラクターデザインがあげられるのは間違いない。熱心なファンとそれ以外のファンで評価が分かれてしまうのはこれが原因だと思うし、正直勿体ないとも思っている。「とりあえず読めばパンチがあるから!」という勧め方は出来ないが、じっくり読めば沼がすぐそこまで来ている。まさにワールドトリガーは遅効性だと思っている。
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