「栞と紙魚子」天才漫画家の娯楽漫画 - 栞と紙魚子の生首事件の感想

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栞と紙魚子の生首事件

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画力
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ストーリー
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キャラクター
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設定
4.50
演出
4.00
感想数
2
読んだ人
2

「栞と紙魚子」天才漫画家の娯楽漫画

4.54.5
画力
3.5
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.0

目次

天才漫画家・諸星大二郎の娯楽作

ある講演会のあとで、小説家の京極夏彦先生と少しばかりお話をさせていただいたことがありました。その時に何故か諸星大二郎先生の話になって、京極先生は諸星先生のことを天才漫画家と評されていたことをよく覚えています。

諸星大二郎が天才漫画家として評されるのは手塚賞受賞作の「生物都市」や、「孔子暗黒伝」「暗黒神話」などの伝説的作品群があるからですが、本作「栞と紙魚子」のシリーズはその種の作品と同じような身構え方をすると拍子抜けをすることになります。

このシリーズは諸星色を前面に出しながらも、万人が手に取ることができる娯楽作品だったのです。
高校生の栞と紙魚子の二人がダブル主人公というキャッチ―さ。ドラマ化したのも頷ける一般性を持っていますね。

女子高生二人と怪異の組み合わせというと、漫画やラノベ、書き下ろし文庫小説などでも似たような設定の物語はたくさんありますが、それでも「栞と紙魚子」の空気感と読者の惹きつけ方は群を抜いています。

「生首事件」のキャッチ―さ

「生首事件」はこの連作短編の最初の事件ですね。漫画ははじめに読者を惹きつけて虜にしなければなりません。可能ならば、思わず人に話して聞かせたいほどの伝染力のある話を冒頭に持ってくるのがよいでしょう。「生首事件」はその全てを満たしている短編漫画です。

主人公の一人である栞は、公園でバラバラ殺人事件の被害者の頭部を見つけてしまい、思わず家に持って帰ってしまいます。思わず持って帰るっていうのが既におかしいのですけど、まぁ、結構ある展開ということができますね。生首をどうすればいいのか困ってしまった栞は、友人の紙魚子に相談を持ちかけます。紙魚子の家は古本屋で役に立つ本を持ってくるというのですが、持ってきたのは「生首の正しい飼い方」という本でした。

この急転直下具合はどうでしょうか? もうぐぐっと惹かれてしまいます。で、生首を前にした二人の空気感がまたイケていて、全然緊迫感がないのですね。あっ、これってそういうお話なんだ。肩の力を抜いて読んでいいんだと教えてくれるのです。

この話はオチまで完璧で、諸星大二郎が描く完璧な短編漫画の一つに数えられるでしょう。

本巻での出色の短編を選んでみた

1位 生首事件 2位 ためらい坂 3位 それぞれの悪夢

といったところでしょうか。「ボリスの得物」と「クトルーちゃん」はクトゥルー神話的な一家という本作屈指のキャラクター達の導入で、面白いのですが短編としての完成度は上位のものよりは低いなということでランク外にしました。

2位の「ためらい坂」はタンクローリーvsケーキ屋で、ケーキ屋がケーキの大砲、ケーキの爆弾で応戦する絵面が最高にいいのですよね。
短編ホラー系漫画のよさは、こうした想像力にあると私は考えています。たとえば、伊藤潤二の「なめくじ少女」「首吊り気球」の絵面をみるとよいでしょう。見ただけですげぇとなります。
「ためらい坂」での絵面はそうしたホラー方向ではないのですが、シュールレアリズムに少女性が加わって神話的で現代的という不思議な出来上がりになっています。

3位の「それぞれの悪夢」は本巻での3位に入れる人はもしかしたら少ないかもしれません。でもね、私は一発ギャグで爆笑してしまったクチなのです。そう、「怪人ゾウ男」ですね。文芸部員が書いた同人小説を読んでいたらその中の登場人物が現実にも出てきて襲ってくる――というよくありがちな構図なのですが、実際に出てきたのはゾウ男と似ても似つかない造形の怪人でした。そう、文芸部員は「怪人ゾウ男」ではなくて「怪腎臓男」と誤植してしまっていたのですね。
この腎臓男のビジュアルがユーモラスで吹き出してしまいました。これも、ホラーに必要な異常な想像力の一つですね。ホラーと笑いが近いことは、「彼岸島」という漫画が体現していますね。

諸星大二郎は絵が下手か?

諸星は1970年代デビューで以降ずっと一線で活躍し続けています。
今の小奇麗な漫画に慣れた若い子ども達が見ると、諸星の絵は下手に見えるかもしれません。私も最初読んだ時は絵が下手な人なのかなと感じましたが、長く読み続けて行くとそんな感覚はなくなってしまいました。
諸星大二郎の世界観を上手く生かすためには、諸星大二郎の絵柄である必然性があるのですね。
福本漫画が小奇麗では駄目というのと似た理屈かもしれません。とは言え、福本とは違って諸星は基本的には絵が上手いのだと思います。というのもわかりやすくデッサンが崩れている絵というのがないのですね。
そしてよく見ると、諸星はスクリーントーンを使っていません。現代漫画家が描く漫画が小奇麗に見える理由の大半はスクリーントーンにあると思います。それを諸星は全部手書きでやっているのですね。だから画面が少々猥雑な感じがするのでしょう。しかし、同時に諸星漫画独特の空気感を生み出すことにも成功しているのです。

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奇才・諸星大二郎の入門書「栞と紙魚子」はギャグ漫画

日記のような淡々さ面白い作品に出会うと、何故、どこが面白いのか解析したくなりますが、諸星大二郎先生の作品は、解析不能です。感覚で、「いい」と感じるというしかないものを、無理矢理、解析しようと思います。「栞と紙魚子」のシリーズはを人に勧めた時、「なんで主人公たちが生首拾ってんのに、淡々とした顔してるのか意味がわからない」と言われ、その人が言ってることの方が意味がわからないと思ったことがあります。淡々としたところがいいのに!それで、思ったことは、ホラー漫画の場合、生首をみつけると主人公は「ぎゃー!!」。殺人鬼が近づく時は、何コマもかけて、来るぞ来るぞ・・・「ぎゃー!!」。こういったホラーの演出を取り除いた「栞と紙魚子」はホラー漫画ではなく、ギャグです。たとえますと、栞と紙魚子の日記です。「今日、パスタを食べました。」「今日、生首を拾いました。」それを、「おいおい、それってすごいことじゃないか」...この感想を読む

5.05.0
  • 成瀬梨々成瀬梨々
  • 137view
  • 2054文字
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