生涯忘れられない作品 - 舞姫 テレプシコーラの感想

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舞姫 テレプシコーラ

4.634.63
画力
3.88
ストーリー
4.75
キャラクター
4.88
設定
4.88
演出
4.75
感想数
4
読んだ人
7

生涯忘れられない作品

5.05.0
画力
4.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

魅了されるという事

果たして、何かに魅了されるとは、どういう事なのだろうか。
天賦の才能を与えられた千花が、怪我によって夢を絶たれ、バレエの道を諦める事を受け止められず、自ら死を選んでしまうほどに、どうしても惹き付けられ、焦がれてしまうということなのだろうか。


天才・山岸涼子先生の描くこの作品には、様々な境遇の中で、それぞれに狂おしい程に、バレエに魅了され、翻弄される少女達が登場する。
中でも第一部の主軸のキャラクターである千花は、誰よりもバレエの神に愛されていて、だからこそバレエに自身の全てを捧げて生きようとする。
そして、そんな努力など一切報われないという話なのだ。
だからこそそこには、世に蔓延るいわゆるスポ根漫画とは違い、リアルさが胸に響くのである。
今でも私は、思い出すだけで、この漫画に心揺さぶられ、涙を流し、胸が苦しくなるのだ。
正直、私には今までの人生において、そんなにも生涯をかけて魅了された物事などない。


世の中の多くの人々だって同じであろう。
だからこそ作者、山岸涼子の放ったこの作品で、その少女たちが魅了された世界のひとかけらを、垣間見、疑似体験し、その狂おしさに、美しさに、そして恐ろしさに激しく心を捕まれてしまうのだろう。

女の嫉妬の恐ろしさ

もう1つ、この作品で緻密に描かれているのは、女たちの嫉妬の恐ろしさであろう。
例え少女であっても、バレエの道を志すものとして、すでに一人の一端の女であり、互いの才能に嫉妬し、時には醜く卑怯な手を使い陥れようとする。
作品の中で、それぞれに対象を変え、何度もそんなシーンが描かれている。
そして、それは漫画の中だけで起こる世界ではなく、私自身、実際に今までに身をおき、経験している世界なのである。


だからこそ、その女の嫉妬の醜さ、恐ろしさを、まざまざと思い出すことが出来る。
あぁ、本当に考えるだけで、気が滅入るようなシーンが多いのである。

バレエの才能を妬まれ、最後まで苛められる千花はもちろん、バレエ講師から妬まれ、練習で嫌がらせを受けたり、学校でも、頼まれて引き受けたダンスクラブや、親友であるはずの少女からも嫉妬を受ける六花等、もう1つのパートとして、女たちのそれぞれの嫉妬や醜さに焦点をあてて読んでみるのも、また楽しめるであろう。

この作品のリアリティーは、そんな女たちの嫉妬の世界にもある。

本当の強さとは

この作品で、本当に強いのは千花ではなく、妹の六花なのではないだろうかと思う。
第一部では、物語の大半がバレエの神に愛さた、素晴らしき千花のバレエの才能と努力、そしてそんな千花に度重なる不幸が訪れ、最後は死を選ぶところが、描かれている。
しかし千花は、もともと気高く強く愛すべき魅力的な少女だったのだ。

ページを読み進めても、まさかこんな魅力的なキャラクターが、第一部で死んでしまうなんてこと、予想がつかなかった。


だからこそ、千花が第一部で死を選ぶストーリーを、作者がどんな意図で練り上げたのだろうかと、私はそこに、思いを馳せずにはいられない。


果たしてそれは、ただ六花を覚醒させ、バレエの道を本気で目指されるために用意された、必要なストーリーだったのであろうか。
きっと、それだけでは無いのであろう。
そして、そこにこそ作者のこの作品に込めた、本当の意図があるのではないかと、思うのだ。

千花は作品の中で、気持ちの凛とした、美しく強い少女として描かれる。

誰もが羨み憧れる、絶対的な存在だ。

不幸な怪我に医療ミス、度重なる手術のやり直しにも屈せずに、詳しくは描かれていないが、物語の節々で、学校でもイジメられているようであった。
しかし、彼女が弱音を吐くシーンが、あまりにも作品のなかに出てこないのである。

逆に、弱音を吐くのはきまって、姉の千花に頼りきりで、常に泣き言ばかりで、考えが甘い妹の六花なのだ。そして、千花が苦しんでいるときにも、それにまったく気が付かずに、なんならそんな千花に、逆に励まされる始末なのである。

正直読んでいて、六花の鈍感さにイラつき、半ば呆れてしまうほどである。

しかし結果的には、そんな千花は誰にも泣き言を吐かぬまま、人を頼らぬまま、最後は自殺という形でこの世を去り、対照的にあまちゃんである六花は、常に人に頼り、助けられ、励まされ、そして姉の死をきっかけに、コンテンポラリーの才能を開花させていく。

きっと作者は、内に秘めることが美学とされるこの世の中に、もっと人を頼り、時には弱音を吐き、助けを請うこともまた、一種の強さである事を、示しているのだと思う。だからこそ、本当に強いのは、いつだって自分の弱さや甘さを受け入れ、それを隠さずに、周囲にさらけ出すことの出来る、六花なのではないだろうか。

私には、弱くてもいい。人を頼ってもいい。人は時に醜く、弱いものだから、そのままでいいのだと、作者がエールを送ってくれているように感じた。

私にとってこの作品は、決まって人生の辛い時期に思いだし、そしてほんの少しだけ、楽になることを後押ししてくれる作品なのだ。

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