今の時代だから描けるバレエ漫画 - 舞姫 テレプシコーラの感想

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舞姫 テレプシコーラ

4.634.63
画力
3.88
ストーリー
4.75
キャラクター
4.88
設定
4.88
演出
4.75
感想数
4
読んだ人
7

今の時代だから描けるバレエ漫画

4.04.0
画力
3.5
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
4.5
演出
4.0

目次

憧れの夢の世界から過酷な現実へ

かつて、実在するロシアのバレエ団を舞台にした長編バレエ漫画がありました。美しい登場人物たちによって織りなされる華々しい物語に、当時の少女たちは夢中になったものです。それから30年を経て、時代と場所を日本に移して描きだされたバレエの世界は、実に過酷で残酷な現実を浮き彫りにしたものでした。

作者の山岸涼子氏は、その長い作家人生でたくさんの長編・短編・エッセイ漫画を著してきた方なのですが、ねっとりと纏いつくような心理描写では、他者と一線を画す表現力をお持ちです。ファンタジー・伝奇・歴史・ホラー等など、これまでに発表されたジャンルは多岐にわたりますが、凍てつくような恐怖や、人を精神的にじわじわと追い詰め、狂気に囚われるプロセスを描かせたら当代随一なのではないでしょうか。

そしてその演出力は、この作品でも遺憾なく発揮されております。主人公が少女時代の第1部と、数年後の第2部で構成されるこの作品。実は私、あまりの痛々しさから第1部を未だに読み返せずにいるのですよ…orz

第1部:子供時代の終焉

小学6年生の篠原六花(しのはら ゆき)は、小さなバレエスタジオを営む母親の元で、一つ年上の姉・千花(ちか)と共にバレエを学ぶ普通の少女です。学業もバレエも優秀で、母親から自分の成せなかった夢を期待される姉に引け目を感じる六花ですが、その持ち前の豊かな感受性から、徐々に従来のクラシックから、より創作性の高いコンテンポラリーへと興味を移すことになります。日本ではコンテンポラリーというジャンルの知名度は今ひとつだったのですが、読者の興味を引くよう作中で実に解りやすく分析・研究され、ちょっとした入門編として機能しています。

六花の通う学校に転校してきた須藤空美(すどう くみ)は、日常的に父親から暴力を受け、母親からは家計のためポルノビデオ撮影を強要される、不幸な家庭環境に置かれた少女です。もうこの設定だけでもショッキングなのですが、この時点ではまだまだだったんですよね(-_-;) 必然的に無口で不愛想になった空美の唯一の娯楽は、認知症気味の伯母からつけられるバレエレッスン。醜い容貌ながら卓越した技術を持つ彼女は、六花を通じて彼女の母のスタジオに通うことになりますが、ほどなく両親が起こした事件を機に行方知れずとなります。

スポーツ医療が発達した現代では、過酷に肉体を駆使するバレエなども解剖学的観点から、極力骨や筋肉の負荷を軽減させる育成が模索されているようですね。それでも怪我や故障が原因で、少年少女時代から夢を諦めざるをえない実例は多いのでしょう。その現実は姉の千花に襲いかかります。

バレエ学校の本部で発表会の大役を得た千花は、舞台で大きな怪我を負ってしまいます。学校や両親の必死の対応にも関わらず、医療ミスや度重なる手術による心身的負担、そして学校で受けていた陰湿なイジメも発覚し、将来を絶たれた絶望から、千花はマンション屋上から身を投げることになってしまいます。もう何が悲しくてバレエ漫画で虐待、イジメ、医療機関の隠蔽体質、自殺とか、胸の悪くなるような思いをせにゃならんのですか(>_<)

皮肉なことに愛する姉を亡くしたことを機に、六花は振付師としての才能を開花させることとなるのです。振付師=コリオグラファー、耳慣れない言葉ですが、まさに現代において山岸氏が描きたかったのはこれでした。

第2部:そして世界へ

数年後、高校生になった六花は、亡き姉の悲願だったバレエコンクールに出場するための飛行場に到着します。毎年のように、日本人入賞者を輩出するローザンヌバレエコンクールですが、節目節目で規定が変わっているようですね。もともと骨格に不備のある六花に不利なビデオ審査は見事くぐり抜けられたのですが、またしても畳みかけるような試練が用意されているんですよ。本当に容赦ない。

まずは一緒に出場する野々村茜に、重い風邪を引かせることで導火線に火が点けられます。ついでに悪天候で飛行機の出発が大きく遅れるという最高のシチュエーション。当然海外旅行でありがちな、手荷物紛失イベントも忘れていません。どうもこの辺りはのアクシデントは、作者や実際のダンサーたちの実体験なんではないでしょうかね? 2部で特筆すべきは世界中から選りすぐりの才能が終結し、今や若きダンサーたちの憧れの舞台となったローザンヌバレコンの詳細な取材が、ドキュメンタリー形式で描き出されることでしょう。それでも天才と謳われる才能さえ、報われることは稀なのです。

案の定風邪を移された六花ですが、悪化する病状を抑えながらコンクールメニューを全力でこなす姿は実に健気です。それでもとうとう準決戦で力尽き、引率教師に促され涙ながらに途中棄権する結果となってしまいますが、それから怒涛の逆転劇が発動します。なんと六花が振り付けた審査作品のビデオがコンクールの審査委員長・N氏の目に留まっており、六花は舞台で「振付奨励賞」を受賞することとなったのです。私、ずっと以前にこの賞を実際に受賞した日本人少女のこと記憶してるんですよ。

物語はN氏が待つドイツのバレエ団に向かう前日の、希望に溢れる六花で〆られます。欲を言うならその先まで描いて欲しかったのですが、あの「アラベスク」以降にこれ程の大作を送り出してくれた山岸氏には大きな拍手を送りたいと思います。終わってみれば、お人よしな六花はその気質がむしろ良い方向に働いたようで、新しい友人もできましたし、実はコッソリモテてもいるんですよね。

ところでコンクール中、ツンツンした態度ながら何かと六花の苦境を救ってくれた厩戸王子ならぬ美貌のローラ・チャンの正体、私は空美ちゃんだと思っています。


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テレプシコーラ・感想

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