テレプシコーラ・感想
六花がバレリーナとして成長していくストーリー
テレプシコーラ(舞姫)は、山岸涼子のバレエ漫画です。
主人公・六花とその姉、千花の母親は、埼玉のベッドタウンでバレエ教室を営んでいます。母親は、二人の娘に幼少からバレエを習わせていますが、才能もあり、努力家、体格にも恵まれている千花の訓練に、母親は力を入れています。
しっかり者の姉の陰で、序盤の六花は、のんびり屋の甘えん坊として描かれていますが、同級生の空美に触発されたり、千花の足の故障が長引いたり、様々な経験を経て、バレエダンサー、コリオグラファー(振付家)として、技術的にも精神的にも成長していく様が描かれています。
テレプシコーラの一部は、六花が中学二年生までで完結します。六花、そして一歳年上の姉の千花も、プロダンサーとしては幼く、テレプシコーラはこの姉妹の学生生活もたくさん描かれています。その中で大きなテーマなのが「いじめ」ですが、読者をやりきれなくするのが、このいじめの問題が真正面から描かれないことです。主人公の六花は、いじめの対象にはなりません。(くるみ割り人形の主人公という、プロの登竜門のような大役に抜擢され、教室の生徒から嫉妬される、という場面はあります)
作中で、長期間いじめの標的になるのは、六花の同級生で、貧乏で不細工の空美と、六花の姉の千花です。このふたつのイジメに、六花はほとんど関与しません。読者をやりきれなくさせるのが、自分を成長させることに一生懸命な六花は、千花が心を荒ませていくのに、最後まで無関心なことです。
そして、山岸涼子は、この少なからず大きなテーマになっている「いじめ」について、解決方法も、メッセージも描いていないようです。千花がいじめられていることを示唆するシーンは多数あり、その場に六花がいるシーンも多いですが、千花が気持ちを立て直すターニングポイントは明示されていません。「加害者不在・不明」という、現代のいじめの厭らしさが、かなりリアリスティックに表現されています。
(山岸涼子は、短編においても、「黒鳥」や「ヴィリ」「牧神の午後」など多数描いています。学校でのいじめや家族間のいざこざ、歪みに焦点があてられることが多いですが、山岸涼子本人が、家庭環境に恵まれなかったということはないそうです。)
既存のバレエ漫画とは一線を隔すリアリティ
作者・山岸涼子の世代のスポーツ漫画は、主人公の身体能力を高めるため、現実ではありえないような負荷をかけたり、フィクションだからこそ楽しめるものが多いですが、テレプシコーラに登場するダンサーは、解剖学的に考えて、先生・生徒ともにバレエを訓練しています。インナーマッスルの鍛え方や、関節を傷めないための訓練など、実際にバレエを習っているという人だけでなく、新体操などスポーツをやっている人は、レッスンの参考になると思います。
主人公の六花ちゃんは、あがり症ということもあって、作中で金子先生や富樫先生などの教師陣に、「本番で緊張しない方法」を教わるシーンが多いです。かく言う私も、ピアノを長年習っているのですが、本作品で読んだ、過緊張(息を止めて全身に力を入れる。呼吸を止めた反動で、手足の末端までに血が行き体が温まる)やブラックボックスは、目から鱗でした。
作者が高齢のこともあってか、やや画力が落ちているような気もしますが、漫画の構成、特に現代のバレエ背景はかなり細かく設定されていて、巻末には、山岸涼子の取材旅行や、バレリーナやコリオグラファーのインタビュー記事もあります。
山岸涼子は、ミステリー・ホラーの他、バレエ漫画で有名な漫画家ですか、テレプシコーラは彼女の描く長編バレエ漫画としては、アラベスクより二作目です。本作品で作者本人も、アラベスクよりもバレエのポーズ(パ)を、より正確に表現できたと述べています。
第二の主人公・空美
本作品では、序盤に登場するだけで、三巻以降はほとんど登場することのない空美ですが、バレエ経歴不詳の彼女は、超絶技巧で、六花はもちろん、同世代では頭一つ抜きんでている千花をも圧倒します。彼女はテレプシコーラ第二部にまで及ぶキーパーソンですが、作中では空美の胸中が語られることはほとんどありません。しかし、六花がバレエ教室の子どもだと知ると、ほぼ初対面の彼女にレッスン場を貸してほしいとせがんだり、経済的な理由でバレエを習えない空美に同情し、バレエシューズをあげようとするのを固辞したり、バレエの執念や矜持の高さ、醜悪な外見も含めて、かなり個性的な人物として描かれています。
天性の才能に恵まれながら、環境は不遇を極めている空美。アル中の父親に児童ポルノに子どもを売る母親、そして癇癪持ちで元プリマドンナの叔母。この叔母に空美はバレエを習うのですが、人に憐れまれたくない一心で、空美は自ら児童ポルノに出演し、レオタードとバレエシューズを購入したりします。主人公顔負けの設定とエピソードで、空美はテレプシコーラの第二の主人公と言えます。
六花が、序盤では特に、育ちが良いからか「人の心の機微に無神経」という面が押し出されているからか、それに反感を覚える空美の印象が強烈です。
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