テレプシコーラ・感想 - 舞姫 テレプシコーラの感想

理解が深まる漫画レビューサイト

漫画レビュー数 3,135件

舞姫 テレプシコーラ

4.634.63
画力
3.88
ストーリー
4.75
キャラクター
4.88
設定
4.88
演出
4.75
感想数
4
読んだ人
7

テレプシコーラ・感想

4.54.5
画力
3.5
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

六花がバレリーナとして成長していくストーリー

テレプシコーラ(舞姫)は、山岸涼子のバレエ漫画です。

主人公・六花とその姉、千花の母親は、埼玉のベッドタウンでバレエ教室を営んでいます。母親は、二人の娘に幼少からバレエを習わせていますが、才能もあり、努力家、体格にも恵まれている千花の訓練に、母親は力を入れています。

しっかり者の姉の陰で、序盤の六花は、のんびり屋の甘えん坊として描かれていますが、同級生の空美に触発されたり、千花の足の故障が長引いたり、様々な経験を経て、バレエダンサー、コリオグラファー(振付家)として、技術的にも精神的にも成長していく様が描かれています。

テレプシコーラの一部は、六花が中学二年生までで完結します。六花、そして一歳年上の姉の千花も、プロダンサーとしては幼く、テレプシコーラはこの姉妹の学生生活もたくさん描かれています。その中で大きなテーマなのが「いじめ」ですが、読者をやりきれなくするのが、このいじめの問題が真正面から描かれないことです。主人公の六花は、いじめの対象にはなりません。(くるみ割り人形の主人公という、プロの登竜門のような大役に抜擢され、教室の生徒から嫉妬される、という場面はあります)

作中で、長期間いじめの標的になるのは、六花の同級生で、貧乏で不細工の空美と、六花の姉の千花です。このふたつのイジメに、六花はほとんど関与しません。読者をやりきれなくさせるのが、自分を成長させることに一生懸命な六花は、千花が心を荒ませていくのに、最後まで無関心なことです。

そして、山岸涼子は、この少なからず大きなテーマになっている「いじめ」について、解決方法も、メッセージも描いていないようです。千花がいじめられていることを示唆するシーンは多数あり、その場に六花がいるシーンも多いですが、千花が気持ちを立て直すターニングポイントは明示されていません。「加害者不在・不明」という、現代のいじめの厭らしさが、かなりリアリスティックに表現されています。

(山岸涼子は、短編においても、「黒鳥」や「ヴィリ」「牧神の午後」など多数描いています。学校でのいじめや家族間のいざこざ、歪みに焦点があてられることが多いですが、山岸涼子本人が、家庭環境に恵まれなかったということはないそうです。)

既存のバレエ漫画とは一線を隔すリアリティ

作者・山岸涼子の世代のスポーツ漫画は、主人公の身体能力を高めるため、現実ではありえないような負荷をかけたり、フィクションだからこそ楽しめるものが多いですが、テレプシコーラに登場するダンサーは、解剖学的に考えて、先生・生徒ともにバレエを訓練しています。インナーマッスルの鍛え方や、関節を傷めないための訓練など、実際にバレエを習っているという人だけでなく、新体操などスポーツをやっている人は、レッスンの参考になると思います。

主人公の六花ちゃんは、あがり症ということもあって、作中で金子先生や富樫先生などの教師陣に、「本番で緊張しない方法」を教わるシーンが多いです。かく言う私も、ピアノを長年習っているのですが、本作品で読んだ、過緊張(息を止めて全身に力を入れる。呼吸を止めた反動で、手足の末端までに血が行き体が温まる)やブラックボックスは、目から鱗でした。

作者が高齢のこともあってか、やや画力が落ちているような気もしますが、漫画の構成、特に現代のバレエ背景はかなり細かく設定されていて、巻末には、山岸涼子の取材旅行や、バレリーナやコリオグラファーのインタビュー記事もあります。

山岸涼子は、ミステリー・ホラーの他、バレエ漫画で有名な漫画家ですか、テレプシコーラは彼女の描く長編バレエ漫画としては、アラベスクより二作目です。本作品で作者本人も、アラベスクよりもバレエのポーズ(パ)を、より正確に表現できたと述べています。

第二の主人公・空美

本作品では、序盤に登場するだけで、三巻以降はほとんど登場することのない空美ですが、バレエ経歴不詳の彼女は、超絶技巧で、六花はもちろん、同世代では頭一つ抜きんでている千花をも圧倒します。彼女はテレプシコーラ第二部にまで及ぶキーパーソンですが、作中では空美の胸中が語られることはほとんどありません。しかし、六花がバレエ教室の子どもだと知ると、ほぼ初対面の彼女にレッスン場を貸してほしいとせがんだり、経済的な理由でバレエを習えない空美に同情し、バレエシューズをあげようとするのを固辞したり、バレエの執念や矜持の高さ、醜悪な外見も含めて、かなり個性的な人物として描かれています。

天性の才能に恵まれながら、環境は不遇を極めている空美。アル中の父親に児童ポルノに子どもを売る母親、そして癇癪持ちで元プリマドンナの叔母。この叔母に空美はバレエを習うのですが、人に憐れまれたくない一心で、空美は自ら児童ポルノに出演し、レオタードとバレエシューズを購入したりします。主人公顔負けの設定とエピソードで、空美はテレプシコーラの第二の主人公と言えます。

六花が、序盤では特に、育ちが良いからか「人の心の機微に無神経」という面が押し出されているからか、それに反感を覚える空美の印象が強烈です。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

他のレビュアーの感想・評価

今の時代だから描けるバレエ漫画

憧れの夢の世界から過酷な現実へかつて、実在するロシアのバレエ団を舞台にした長編バレエ漫画がありました。美しい登場人物たちによって織りなされる華々しい物語に、当時の少女たちは夢中になったものです。それから30年を経て、時代と場所を日本に移して描きだされたバレエの世界は、実に過酷で残酷な現実を浮き彫りにしたものでした。作者の山岸涼子氏は、その長い作家人生でたくさんの長編・短編・エッセイ漫画を著してきた方なのですが、ねっとりと纏いつくような心理描写では、他者と一線を画す表現力をお持ちです。ファンタジー・伝奇・歴史・ホラー等など、これまでに発表されたジャンルは多岐にわたりますが、凍てつくような恐怖や、人を精神的にじわじわと追い詰め、狂気に囚われるプロセスを描かせたら当代随一なのではないでしょうか。そしてその演出力は、この作品でも遺憾なく発揮されております。主人公が少女時代の第1部と、数年後の第2部...この感想を読む

4.04.0
  • さまんさたびささまんさたびさ
  • 565view
  • 2348文字
PICKUP

生涯忘れられない作品

魅了されるという事果たして、何かに魅了されるとは、どういう事なのだろうか。天賦の才能を与えられた千花が、怪我によって夢を絶たれ、バレエの道を諦める事を受け止められず、自ら死を選んでしまうほどに、どうしても惹き付けられ、焦がれてしまうということなのだろうか。天才・山岸涼子先生の描くこの作品には、様々な境遇の中で、それぞれに狂おしい程に、バレエに魅了され、翻弄される少女達が登場する。中でも第一部の主軸のキャラクターである千花は、誰よりもバレエの神に愛されていて、だからこそバレエに自身の全てを捧げて生きようとする。そして、そんな努力など一切報われないという話なのだ。だからこそそこには、世に蔓延るいわゆるスポ根漫画とは違い、リアルさが胸に響くのである。今でも私は、思い出すだけで、この漫画に心揺さぶられ、涙を流し、胸が苦しくなるのだ。正直、私には今までの人生において、そんなにも生涯をかけて魅了さ...この感想を読む

5.05.0
  • ericoerico
  • 259view
  • 2055文字

テレプシコーラ二つの謎

ダ・ヴィンチにて長期に渡って連載された「テレプシコーラ」第1部はバレエダンサーを夢見る千花(ちか)六花(ゆき)の物語で、第2部はコリオグラファーを目指す六花のローザンヌでの奮闘で構成される。かって「アラベスク」で一世を風靡した山岸涼子先生の久しぶりの本格バレエ漫画と言う事もあり、バレエのメソッドはかなり緻密に描かれている。バレエは単なる踊りでは無く、その厳しさは格闘技にも匹敵するほど。「アラベスク」にもそれは描かれていたが、今回読者層を“少女”から“一般”に拡げてあるのが解る、それゆえ女性だけではなく男性の読者からも支持されていると聞く。さて、そんな「テレプシコーラ」だが、二つの謎がある。これは作者の意図するものなのか、それともページ数の関係でやむなく“謎のまま”になってしまったのか、気になるところだ。1部の終盤近くで千花が投身自殺を遂げる。多くの読者がショックを受けたであろうこのエピ...この感想を読む

5.05.0
  • あゆぞうあゆぞう
  • 3292view
  • 2013文字

感想をもっと見る(4件)

関連するタグ

舞姫 テレプシコーラを読んだ人はこんな漫画も読んでいます

舞姫 テレプシコーラが好きな人におすすめの漫画

ページの先頭へ