普通の家族に潜む破滅の罠 - 最後の家族の感想

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最後の家族

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普通の家族に潜む破滅の罠

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
4.5
設定
5.0
演出
5.0

目次

引きこもりの長男、秀樹と進路に悩む妹、知美

この本は内山家という日本の中流階級のごく一般的な家族4人の歯車が少しずつおかしくなっていき、崩壊寸前のところで立ち直る家族の再生の物語だ。演出は、登場人物それぞれの視点で描かれるという手法で描かれている。この方法によって1つの登場人物に自分の感情が偏りすぎずに読むことができた。
ストーリーの最初は大学に在学中に引きこもりがはじまって1年半ほどの内山家の長男、秀樹の描写から始まる。自分の部屋の窓を黒い紙で覆い、そこをカッターでえぐり取ったところが最初に書かれていてた。「切り取る」とか「くり抜く」ではなく「えぐり取る」と表現したところは、これまでの村上龍のグロい作品の癖が出たのではないかと思わず声を出して笑ってしまった。秀樹は家庭内暴力をするし自分の感情が抑えられなくなるところもあるが、たまに家族と普通に会話するときもあるし家族に対して申し訳ないという気持ちもあって、「共生虫」のときの主人公ほど頭の中が完全におかしくなってしまった少年というわけではなかった。引きこもりの要素は浪人のころからあったみたいだが、その引き金となったのは大学在学中の2つの出来事で、1つは自分の家が田舎だったことを友人に少し弄られたことと、もう1つはある女の子に声をかけて電話番号を訪ねたのに自分が携帯電話を持っていないと言った時からその女の子から避けられるようになってしまったことだった。これぐらいのことはまあ誰にでも起こりそうな程度のことなので、そんなことで引きこもってしまうのかなーという気がしなくもないが、村上龍独特の描写がうまくてあり得なくもない、誰にでも引きこもりになってしまう可能性はあるのだと思わされた。
妹の知美は進学を控えたごく普通の女子高生だ。好意を寄せている28歳の近藤という男性がいて、彼は元引きこもりで今は吉祥寺の自宅兼仕事場で宝石のデザイナーをしていた。知美は親から大学に行けと言われているが近藤に出会うまでは自分の進路について真剣に考えたことはなかった。最初は兄のことについて意見を聞く相談役だったが、だんだん自分の好きなことを職業にしている近藤に好意を寄せていく。秀樹も知美ももちろん同じ家族で育った2人だが、知美の健全な描写を読んでいると秀樹の設定は余計に切なく思えた。

リストラ寸前の父親、秀吉と内山家の母親、昭子

秀吉は内山家の父親で、会社の経営が悪化して給料が半分に下がっていてリストラ寸前だった。秀樹とはうまくいっていなくてある日家庭内暴力がおこり、階段から蹴り落されて入院してしまう。この本の中で読んでいて一番胸がしめつけられるような感じがしたのは秀吉の描写だった。秀吉はまじめな性格で家族思いであるにも関わらず、会社でも家族でも居場所がなくなってきてしまう。秀吉は自分が家族を守るんだという意思を持ち続けていた。その中の一つとして家族はみんなで揃って晩御飯を食べることという習慣があったが家族は窮屈に感じていたところは、この家の歯車が少しずつ狂っていったことの根源の1つなのかなーという気がした。こうあるべきだという父親の考え方は、今まで日本ではあたりまえのように存在していたし、皆が貧しかった時代にはある意味有用なことだったかもしれないが、社会が複雑になり飢えることがほとんどなくなってきた日本の現在の社会では、違う父親像や父親としての考え方が求められているような気がした。
母親は秀樹を立ち直らせたくて精神科医に通っていた。家族の誰に対しても優しく接していた。秀樹の暴力に対しても辛抱強く接する態度が秀樹を立ち直らせた要因の1つだと思うし良い母親だなあと思うが、子供たちと秀吉の関係が少しずつ悪化していった時に軌道修正できたはずの唯一の立場なのにそれができなかったのが少し悔やまれる。

内山家の再生

物語の前半は主に秀吉の会社経営の悪化と秀樹の暴力で出口のないような暗さがあったが、終盤では村上龍にしては珍しく希望を持たせてくれるような最後になっていた。後半は家族みんながそれぞれが自立の道を見つけて歩き出す。秀樹は自分の部屋の穴からドメスティックバイオレンスを目撃し、その女性を救おうと行動しだすことで弁護士を志すようになる。知美は近藤の影響でイタリアに留学してイタリア語を学びながら自分の道を見つける決断をする。昭子は引きこもりの親の会がつくるNPOで働こうとしていた。秀吉は結局リストラされてしまい、そのショックと家のローンが払えないことや知美の進学のお金が出せないことで自殺しようとするが、家族に何も言わずに死ぬのは会社が自分にしたことと同じだと気づいて自殺を寸前で止めて家に帰って解雇されたことを皆に打ち明ける。そのときに家族の3人は秀吉に対してとても優しかった。それは、秀吉が哀れだったからではなくみんながそれぞれの目標を持っていたからだと思う。「ただ、一番大事なのは、一人で生きられるようになることだと思うよ」という秀樹の最後のセリフがこの本のキーワードになっている感じがする。村上龍の著書「昭和歌謡大全集」のあとがきで「基本的に人間は基本的にサバイバルを繰り返しているはずなのに、そのかけらさえ感じない」と言っていたが、そのままこの本のあとがきとしても通じると思う。村上龍のメッセージにはブレがないのが好きだ。本書は個人的に村上龍の本の中で一番カタルシスを感じる作品だった。

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