うつ病という試練を知る - ツレがうつになりまして。の感想

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ツレがうつになりまして。

4.504.50
文章力
4.38
ストーリー
4.50
キャラクター
4.50
設定
4.50
演出
4.63
感想数
4
読んだ人
5

うつ病という試練を知る

5.05.0
文章力
5.0
ストーリー
5.0
キャラクター
5.0
設定
5.0
演出
5.0

目次

支持された理由

人間は生きているかぎりいろんな病気にかかる可能性があります。

あとがきで語られているように、なぜだか本当に死にたくなってしまうところがこの病気の怖くて不思議なところ、という点においては、手術で悪いところを取ることによって治る病気とはまったく違うことが分かります。

野生ならもちろん、人間と一緒に暮らしている犬でさえも、なんかつまらないな、遊んで欲しいな、と思っても「死にたい」と思うことはないでしょう。自分は誰かの役に立っているか?と考えたり、理想と現実のギャップを感じてしまうような高度な脳を持つ人間だからこそかかるのだと思います。

そして何をもって治ったとするか、が大変あいまいだということも特徴といえるでしょうか。脳内のこの物質が減りました、だから完治です、という目に見えるゴールがありません。おそらくこの病気にかかった方の数だけ違うゴールがあり、その入口に立った人はこの先目指す治療の内容、治るまでにかかる時間がはっきり分からないのに、焦るな!と言われてしまうわけで、それがどんなにつらい時間であるか想像するだけで胸が痛みます。

決して明るくないこのテーマを理由に、難航した出版までの道のりがあったにも関わらず本をこの世に出し、テレビドラマ化され、映画化されるまでに至ったのはなぜでしょうか?社会的なニュースの一面として、または家族、友人、同僚など身近な存在から一度は聞く病の名前にまず反応して作品に引き寄せられ、中身に触れてみて特別な人がかかる病気ではないことを知り、その闇の中でどんな希望の光を見つけたのかを知りたい、と思う人が現代にたくさんいた、ということではないかと思います。

出版を断った出版社に、暗いテーマである以外にも理由があったのかどうかは分かりません。が、たとえ心身ともに健康であっても、ツレさんがもがいている深い闇の存在を誰もがどこかで不安に感じながら生きているのは自然なことではないでしょうか?知ること得られる安心というものがあり、不安を解消するために必要なのはありふれた自己啓発本だけではないのです。

看病する側の視点

妻であるてんさんの視点で描かれた作品として、当然読者も同じくその光景を眺めることになります。うつを「宇宙カゼ」と表現するように、その看病もまさしくどうしていいか分からないことだらけ、ということが伝わってきます。

そして見守るという忍耐について考えさせられます。

子育てでも同じことですが、つい手を出し、口を出したくなるのを押さえ、成長を待つことはとても難しいです。しかもてんさんの場合、真顔で死にたいと言う相手であり、動揺して取り乱す方が普通だと思います。まるで違う人間になってしまったと感じる衝撃に耐え、自分の不安をどこかへ押しやり、不必要な言葉をかけないようにしながら暮らすことを、見守ると表現するのなら、病気を患う本人にとってはつらいかもしれません。

それでもこの見守るという大仕事に観察するというユーモアを加えた方法は、夫が放り出されている闇に一緒に立ち、見えない出口を一緒に探すための工夫であり、看病の仕方だったのではないかと思います。

それを大きく感じたのは、ツレさんの微妙な変化を敏感に感じ取っていたてんさんの様子でした。部屋の掃除をしようと言い出したこと、見られる映画ができたこと、反対を押し切ってまで興味あることを始めたとき、電車に乗れるようになったとき、など他人から見たらそれを変化とは感じないようなことに気付けたのは、見守るという修行を経たからであり、そのとき二人が感じる喜びは何倍にも増していたに違いありません。

患者本人しか分からないこと

この作品から知ることができたのはうつ病のほんの一部分かもしれませんが、症状を見ていてつらかったのは、今まで好きだったことを楽しめなくなってしまったという事実に直面したところです。

料理が好きだったのに、手順を間違えたり味付けができなかったり、クラシックが好きだったのに聴く楽しみを失っていることに気付いたときのショックは他人には決して分からないことでしょう。 自分が好きなこと、というのは案外意識せずに日常に組み込まれているもので、それが自分を喜ばせてくれるのが当然だと思っている生活が突然そうではなくなることで受けるダメージは想像以上のものだと思います。

そんなときに一体何が役に立つのでしょうか?

良き相棒に恵まれているかどうか、質の高い専門家と出会えているかどうか、などは重要ではあるものの、限界がありますし、運にもよります。ツレさんが当時を振り返って、最初は気休め程度にしか思わなかった「夜は必ずあける」という言葉が長い時間をかけて希望の光をもたらしてくれたと思う、と語っていました。

患者本人が孤独であるというのはどうしようもない事実であり、その深さに飲み込まれそうなとき助けてくれるものは、何かを信じているということなのかもしれません。それが人によっては宗教とか信仰というものに結びつくのかもしれませんし、ツレさんのように心の片隅に置き続けた言葉なのかもしれません。

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