あなたが夢中になれることは何ですか?
とにかく何にでも夢中になってしまう主人公「ジュゼッペ」
物語の主人公はジュゼッペ。彼こそがまさに「トリツカレ男」なのです。
著者であるいしいしんじさんの文体や世界観はとにかく独特で、まるで外国の小説を読んでいるような気分を味わわせてくれます。「トリツカレ男」も漏れなくそう。
何にでも夢中になって、そればっかりしてしまうそんなジュゼッペの行動を「とりつかれる」と表現するのはいしいさんならではだと思います。
そして、それは物事や事象に対してだけはないのです。
この物語の根幹となる「とりつかれ」は女性への恋心になります。
「恋は盲目」とは言ったもので、好きになると目の前のこと以外見えなくなってしまう。
さらには、相手のためなら何でもしてあげたいし、出来る気がしてしまうものです。
「好き」と一言で片付けるのは簡単ですが、あえて「とりつかれている」と表現して独特のリズム感を生み出しています。
ただのラブストーリーではなく、読者をグッと引き込む物語に変貌させています。
先生を想い続ける健気な女の子「ペチカ」
その「トリツカレ男」であるジュゼッペがまさにとりつかれた相手。
それが「ペチカ」です。お金も身寄りもない彼女を支えるのは遠く心を誓ったタタン先生。
ブレーキのない自転車を引いては、風船を売りながら生活をしています。
そんな2人の出会いの場面は度を越えてドラマチック過ぎて、あっけらかんとなるのも通り越して、もう素敵な出会いにしか感じられなくなるように描写されています。
風船が飛んでいってしまうのを昔夢中になった3段飛びでキャッチ、さらに最初は言葉の通じなかったペチカとの会話ですが、これも昔に夢中になってたくさん覚えた他国語でカバー。
そこから仲むつまじく発展していくのであります。
今までとりつかれてきた周りには無駄にしか思えなかったものが絶妙な布石となって要所要所に散りばめられています。それをここに来て回収します。
計ったかのような「ペチカ」の登場ではありますが、飽きれることもなく2人をほっこりと見守るような気持ちで読めてしまいます。
いしいしんじマジックにかかったかのように、ここからどんどん心は「トリツカレ男」の世界に引き込まれていきます。まさに本に「とりつかれて」いくわけです。
なぜ「トリツカレ」と表現したのか
「とりつかれる」という言葉には本来良いイメージはないように感じます。
① 物の怪(け)・魔物・霊・動物などにのり移られる。 「疫病神に-・れる」 ② 妄想・固定観念などが頭から離れず,それに操られる。憑かれる。 「発明熱に-・れた人」
出典元:http://www.weblio.jp/content/%E5%8F%96%E3%82%8A%E6%86%91%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%82%8B
到底、「好き」とか「物事に夢中になる」とかとは結びつきづらいように感じます。
どちらかといえば、よくないことやものに操られることを意味しています。
しかし、「トリツカレ男」では非常にポジティブな意味合いで使用されています。
3段飛びに夢中になったり、たくさんの国の言葉を覚えたり、ペチカを好きになることもそうです。
決してネガティブなことではありません。操られてもいません。
著者のいしいさんはもしかしたら、この世の中にはとりつかれていいものが溢れていることを伝えたかったのかもしれません。
この本を書くことで「トリツカレ」という言葉に「好きという気持ち」や「夢中になること」という新しい意味合いを加えました。
普段自分が何気なくやっていること、それは仕事でもいいし、趣味でもいいし、一見「何でこんなことをやっているんだろう」と思えることでも「トリツカレ」て取り組むことで、後々、必ず何かに繋がっていくというのを本の中ではジュゼッペがどんどん体現していきます。
夢中になって何かに取り組むのは楽しいだけでなく、しんどいことも苦しいこともあります。
しかし、それが必ず自分の経験になって実になって繋がっていると思えれば、強い心を持って進んでいくことができます。
好きになることもそうです。
「トリツカレ」るほど好きになることは苦難の道かもしれません。
しかし、あなたの為に何かしたい、笑顔でいてほしい、その純粋な気持ちは最後には必ず実ります。
嫌だったらやめる、嫌いなら別れる。
今の世の中は物事との関係も人との関係もどんどん希薄になっていっているように感じます。
それで夢中になれることがない、やりたいことがない。
そんな無気力に見えてしまう若者が増えている中で、何でも夢中になっていいんだよと警鐘を鳴らしてくれているような気がします。
苦しさも楽しさも乗り越えて培ったものは必ず後で実になるんだよと教えてくれているのではないでしょうか。
しかし、このレビュー読んでくれたあなたはもう心配要りません。
もうすでに「トリツカレ男」にとりつかれて(夢中になって)いるのだから。
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