『お茶にごす。』にみる、省略という文学的表現
『お茶にごす。』は想像で補う部分が多いちょっと文学的な漫画
小説においてはよく「行間を読む」という表現がなされる。文学的な小説ではあまり直接的な表現はせず、ある行為や間接的なセリフ、場合によってはそのときの景色などを書くことによって登場人物の心情を現すということが多い。そのため読み手によって登場人物がどういう気持ちだったのかという受け取り方が違うことがあるし、作者もそれを意図して小説を構成している場合がある。
さて『お茶にごす。』は不良が茶道部の部長に惹かれて茶道部に入部する、というラブコメ漫画である。しかしこの漫画はあらすじからは想像できないほど「優しさ」について深く考えさせられる漫画だ。そしてこの漫画は少年誌のラブコメにはめずらしいたくさんの遠回りな表現がみられる。
例えば10巻の印象的な夕陽のシーン。部長は夕陽の代わりとしてまークンが見つけてくれたボール、まークンのまごころのボールに対し、別れ際に「ちょーだい、夕陽」という台詞で応答する。彼女はまークンに好意的な台詞、いわいる「心づかいがうれしかった」といった直接的な感想は一切言っていない。そういう台詞は省略されているにもかかわらず、読者はここで部長の気持ち、まークンに対する深い感謝や、親愛、愛情を感じ取ることができる。つまり『お茶にごす。』は「行間を読ませる」ことでより読者の心に訴えてくる、ちょっと文学的な漫画なのだといえる。
夏帆のまー君に向けた台詞で省略されていたもの
ラストシーン、部長のためを思い、身を引いたまークンに対する夏帆最大の名台詞がこちら。
「そんなんで、優しい人間になったつもりなの?!何もしないで身を引く…そんなのどこの腰抜けにだって出来る事じゃないの?どっかの誰かに任せるのか!そんなのがオマエの優しさか!よく聞けよこの馬鹿野郎が!!自分にも優しくできない奴は、人に優しくなんて出来ねーんだよ!!」
この時、夏帆はいきなりまークンを川に蹴り落としてからこのセリフを述べており、会話の流れなどどいうものはない。さらにこの会話の中のどこにも部長の名前は出てこない。それでも読者はここで語られているのが、部長とまークンのことであると暗黙のうちに了解しているのである。無粋ながら解説すれば、部長のためと自分の恋心を押し殺し、他のだれか、部長にふさわしい男に部長を任せるというのは間違っている。その行為は自分を犠牲にしているからだ。自己犠牲の末の優しさは本当の優しさではないということを夏帆は言っているのである。
その後、夏帆はまークンに「オマエ、誰を優先するんだ?」と問いかけ、まークンは「優先していいのか?」と問い返す。そして夏帆は「私は許す。」と答えている。ここでも部長の名前は一切触れられていないにもかかわらず、読者は夏帆がまークンの部長への告白の強力な後押しをしていることがわかる。
そして直接部長の名前に触れない、このセリフのやり取りが夏帆というキャラクターを表現する素晴らしい手法になっている。夏帆は作品中で何度も触れられているように、本当は優しいのに素直な言葉をかけられず、いつも乱暴なセリフが口をついてしまう人物である。まークンが部長に近づくことを強固に反対し続けた夏帆。そんな彼女がストレートにまークンに部長に気持ちを告白するよう勧めてしまっては、台無しなのである。
また部長の名前を出さないことでこの夏帆の「優しさ」についての台詞は、まークンのみでなく、読者一般の心にも訴えかけていることに注目したい。自分に優しくなれない人は他人にも優しくできない。この考え方にはっとした読者も多いはずだ。
山田の涙の訳
夏帆に背中を押され、部長のもとに駆け出すまークン。そのシーンをみていたのはまークンの親友である山田だった。
「しかし、俺はホント、夏帆ちゃんには惚れたよ!」
そう言いながら山田は号泣していた…
この涙の訳も作中では一切触れられていない。にもかかわらず読者はこの涙の理由を話の流れから多様な形で読み取ることができるのだ。まずこの涙がうれし涙なこと。それは山田が言えなかったことを夏帆がずばっと言ってくれたという感謝の気持ち(たぶん山田は夏帆とおなじ思いを抱いていたのだろうが、まークンの信念を優先したい親友の立場から夏帆のようにはっきり気持ちを言葉にできなかったのだろう)。自分を押し殺していたまークンがやっと素直になって自分のために行動できたことへの喜び。夏帆がまークンを、本当に深く理解してくれたことへの感動。そして、その夏帆に惚れた自分の気持ちは間違いではなかったという確信。様々なものが入り乱れての涙だったのだろう。ギャグシーンの一種にも見えるあたり、読者に判断を委ねた大胆な表現だと思う。
部長とまーくんの最終的な関係の省略
そしてこの漫画最大の省略が部長とまークンの最終的な恋の行方についてである。打ち切りなのではという説もあったこの漫画だから、あるいは最後まで書ききれなかった、ページ不足という側面もあるかもしれない。しかしこの漫画のラストはああいう今後を匂わす、曖昧にして余韻をひく形がふさわしいと思う。部長と会うことに躊躇するまークンを笑顔で受け入れた部長。振られる前提でまークンを慰めようとするヒナに対し、「いやー、それが昨日まークンがさー」と返す(たぶん)山田。いままで行間を読むことに鍛えられてきた読者にとって、これだけの要素があれば部長とまークンの今後を想像することは容易だろう。
余談 Jとの過去は省略しないでほしかった
これは作者の意図というより、完全なページ不足だと思われる。まークンの祖父、育ての親のエピソードである。最終回を迎える前にちょっとだけ紹介されたが、あれだけでは全然足りない。おそらくまークンの今の優しさにつながる土台を作った人物、J。トラックで突っ込むシーンは「いったい何があったんだ」と気になって仕方ない。あの少ないページ数でも軽い紹介だけでも清濁併せ持つなかなか魅力的な人物であったことが伺えるあたりさすが西森博之と言いたいところだが、ここだけはもう少しページを割いてもらいたかった。なにせ行間を読むにしても行自体が少なすぎるのである。
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