心に抱えた冬の動物園
動物園から始まる想定外の展開
タイトルに入っている「動物園」の文字から、谷口ジローさんの描く動物園の動物の話かと思って読みはじめてみたら、案外違っていました。谷口ジローさんの作品であり、タイトルに動物と入っていながら、猟師やまたぎを扱った「凍土の旅人」の作品のような動物のと直接との交流は描かれていません。本作では主人公を、まだ就職したての若者にすえた、主人公の青春期を切り取ったような作品です。それでも動物のいる動物園が舞台として出てくるのは、いかにも谷口ジローさんの作品らしくて、ある若者の青年期と動物の両方を内包したこの作品は結構贅沢だと思いました。
浜口くん
第一章のモノローグから語られる、主人公の近況から始まる作品なのだけれども、読む人がすんなり入っていけるのは、高校を出たてで就職した主人公「浜口くん」が、ちょっと自分のやりたいことと違うと思いながらも、仕事をするさまがけっこう現実味のあるストーリーであるからではないかと思います。
最初の職場の織物問屋で、彼には、デザインの仕事への尊敬の念と、淡い異性への思いを寄せる相手が現れます。しかし、その思いを投影する相手どうしが不貞の仲でつながっていたことで、「浜口くん」までも不本意ながら、自分の淡い恋心も、職場の安定も、裏切りのようなかたちで、冬の動物園において砕かれてしまいます。
僕は、またひとりぼっちになった。
主人公は、その顛末を経た第一章の最後のコマでこう述懐します。
第一章本文中では主人公は、けっこう無口な感じで、台詞なんかも目立ったことはしゃべっていないのですが、この台詞によって彼の胸中にどんな感情が生まれたのか察することができるような気がします。
主人公が第一章で経験する喪失感は、誰も訪れる人の居ない雪の積もった冬の動物園の風景とシンクロしていることは間違いないでしょう。
36ページまでの第一章で、主人公が絵を描くということを仕事にする想いと、その想いとはきってもきれない冬の動物園の風景を自分の中に抱えてしまったことをしっかりと描いてあるので、あとのエピソードまでしっかり芯がはいっているので読み応えがります。
この「冬の動物園」全体の話としては、主人公浜口くんが、自分の志望する仕事を目指すわけでもないし、最後に彼がマンガ作品を仕上げるまでは、なんとなく流される人間の話のようでありながら、文庫本一冊分の分量この作品を読ませるのは、第一章において彼の心の中に抱えた、冬の動物園をきっちり描いてあるからだと思います。
作中作品
この、マンガの中で一つ気になったのが、主人公浜口くんの描くマンガの絵です。動物たちに囲まれた少年の冒険譚のマンガなのですが、その絵がけっこう絵本っぽくて、かわいい絵柄なのです。これは谷口ジローさんの描いた絵なのでしょうか、だとしたらみたことのない絵柄でちょっと得した気分です。
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