ドラマ「夜行観覧車」研究
絶対必要不可欠な脇役
登場人物の中でもっとも濃いキャラだと言っても過言ではない小島さと子(夏木マリ)。
もし引っ越してきた主人公真弓(鈴木京香)がすんなりひばりヶ丘の住人に受け入れられていたら、もしこの小島さと子との摩擦がなかったら、このドラマの薄気味悪さ、ドロドロ感は半減してしまうだろう。そんな強烈なキャラの裏付けとも言える、彼女が抱える家族関係は見る者を納得させるにふさわしい。
愛人のもとに走る夫のことはおそらくもうあきらめており、残るは息子にすがるしかない、そんな寂しい状況を彼女は近隣奥様たちに隠しているつもりだ。奥様連中がそれを見て見ぬふりをするのは、表では従っているように見せて、裏では密かに彼女を見下したいからなのだろう。「母さんがいるとくつろげないんだ」という決定的な息子の拒絶をくらう場面は、それはそうだ、よく言った、と大きく頷いたが、あの「まーくん!」と息子を呼ぶ声と、誰もいない部屋でひとりベビーグッズをさわる姿には悲哀を感じる。この孤独を認めたくない、そして自分の非を認められないイライラを、他人のあら探しで解消しようとする小島さと子というキャラにピッタリとつながる。
母と娘・母と息子
このドラマはミステリー作品であると同時に親子の問題を提起していると思う。
坂の下に住んでいても、上にいても娘がいじめられたり、グレる可能性はあると思うのだが、問題は親の姿勢にあるのかもしれない。真弓は自分はこんなに娘のためにがんばっているのに!と思っている。娘がサインを出し始めてからもしばらく母親がががんばる方向が違っているのは、自分にばかり向けられた意識のせいで、娘のありままを受け入れられてないからだろう。
一方高橋家でも、淳子(石田ゆり子)は良い母親という枠からはみ出ないように必死だった。ただこの家族を複雑にしていたのは、淳子が後妻で3人兄弟のうちの次男だけが連れ子だったいうことだ。新しい家族の中で他の兄弟と同じように、同じように、と思うあまりに子供の気持ちは置き去りにされてしまったのだろう、という想像ができる。
同じような背景の中で、追い詰められた子供が真弓の娘のように大爆発を起こすか、淳子の息子のように言いたいことを言えずに、自分が親の希望するような子供になれない、という絶望的な不安を抱えながら過ごすか、その二人が寄り添うシーンはとてもせつない。
真弓の娘が反抗する姿は激しいし、危うく殺しそうになってしまう真弓の姿も衝撃的だが、同じような親子の気持ちのすれ違いや、淳子のようにとっさに嵐のように起きる、許せないという気持ちはだれにでも覚えがあることだと思う。
なぜモヤモヤするのか?
湊かなえさんの作品は読後スッキリしない作品だと言われている。原作を読んではいないのだが、ドラマを見終えたあと、やはりなんとなくモヤモヤしたものが残る。では、「夜行観覧車」のスッキリしない原因はどこにあるのか?を考えてみた。
ずばり、誰が悪いの?という点ではないか。
通常、物語上殺される人物は、殺人を犯した者にとってやむにやまれぬ理由がなくてはならない。人を殺したことのない大部分の人間にとって、その人を亡き者にしたいというのはよほどの恨みつらみがあるに違いない、と想像する。だが、夫を殺した淳子に、夫に対して恨みつらみという気持ちを持っていたようには見えない。むしろ淳子は不安に押しつぶされる自分の弱さに苦しんでいたように見える。
自分の死んだ妻が子供を愛していたのと同じように、後妻も自分の子供を愛している、ということ、そして実子と同じように期待をかけてやってほしい、という淳子の気持ちと大きな不安に気付かなかった夫を、見る者は責める気持ちにはならない。
子供たちは自分と血がつながっているかどうかは関係なく、そんな両親を愛していた。だが起きてしまった事件のあと、死んでしまった父親を悪者に仕立てることで、勧善懲悪的な事件、つまりスッキリした事件に見せかけ、弱い母を助けようとする。そんな苦渋の決断をせざるを得ない子供たちはもちろん悪くない。
闘う妻と娘から逃げていた父親はどうか?家を買うという一大事に対するプレッシャー、心の通わなくなった娘、新しい場所に慣れるために必死な妻、に囲まれた行き場のない状況を思えば、彼の行動が特に変だとは思わない。
小島さと子でさえ、最後、淳子の家族を一緒に見守ろう、と真弓に言われ、見せた笑顔が印象的で、孤独から救われた安堵感を彼女の身になって感じてしまった。
誰が悪いとはっきり言えない。
現実にゴロゴロしている出来事はそういうものが多いのではないか?と思う。一見特別に見えるこの事件や殺人が、実は現実の世界でも何かのはずみに起きるかもしれないこと、つまりドラマを見ているこちら側が必ずしも安全というわけではないのだ、ということを示しているように思えてしまう。
それが後味の悪さにつながるのではないだろうか。
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