全ての社会人大学生、またはその卒業者へ。 - 社会人大学人見知り学部 卒業見込の感想

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社会人大学人見知り学部 卒業見込

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全ての社会人大学生、またはその卒業者へ。

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文章力
3.5
ストーリー
3.0
キャラクター
4.0
設定
3.0
演出
3.0

目次

多くの、ではない。ただこの本は、確かに誰かを救う。

この本はエッセイ集だが、一昔前に流行ったように、芸人さんが過去の苦労話や貧乏話をどなたか文才のあるライターさんにまとめてもらっているようなただのエッセイ集ではない。それとの違いは何かというと、「共感できること」だと思う。なぜなら著者である若林正恭という男が過去に直面し、そして現在も直面し続けている問題は、我々一般の社会人にも大いに共感できる問題だからだ。

社会に出る瞬間に我々が不安を抱えるのはごく当然のことであり、それ自体は特別なことではない。ただ普通の場合、高校生か大学生くらいで社会に出ることを意識し始めて、色々な葛藤が入り混じりながらも必死に就職活動をする。そしていざ社会に出た瞬間、自分と社会は激しく衝突し、そしてたいていの場合あっけなくこちら側の何かが壊れてなくなる。それから数か月ないし数年が経過すれば、もとあった違和感よりも今の仕事の大変さに追われ、自分が失ったもののことを考えることもなく、今度はまた新たに”外”から来るものを破壊する側になるのだ。

だが著者の場合、大学を卒業してから就職するまでの間に、芸人としての長い下積み期間があった。いわゆる人が最も葛藤する就職活動中の期間を、何年もの間過ごしたのだ。そして彼の場合、社会と衝突するその瞬間に失うものの事を諦めきれないという一面もあるように思える。そしてその葛藤が初々しく、どこまでも純粋な”外”からの目線もありながら語られる。

もしかしたらこの本は立派な社会人からすれば、「いつまでそんなことを言ってるんだ」「甘い」と言われるようなものかもしれない。ただ彼らにとっても、過去に失ったものを思い出させてくれるものになるかもしれない。そして今だ”外”にいて社会との衝突を恐れている人たちにとっては、著者の葛藤は大いに勇気づけられるものになるに違いない。

春日という鏡

本作には著者とお笑いコンビを組んでいる春日俊彰という男が何度か登場する。彼も著者の葛藤の渦中に間違いなく存在し、著者にとっては鏡のような存在だと思う。著者が底なしのネガティブにいるにもかかわらず、同じ状況下で春日という男は幸せで仕方がないという状態にある。そしてこれこそがまた新たな葛藤を著者の中に生み出すのである。人生においてほとんど全く同じ状況下にいるにもかかわらず、幸福度が全く違う二者について考えたときに、改めて自分という人間について考察するのである。おそらく著者も完全に自己否定的なわけではないと思う。ネガティブの穴を掘り続ける作業はある種自己愛の強さを露呈しているし、相方に対しても「のん気でいいな」というような批判的な考えもあると思う。ただ実際、実感として幸福か不幸かは人生の最大のポイントである。

つまり、自分とは対象的な相方を見ることで、どんな状況でも幸福でいられるそのポジティブな考え方を参考にすると同時に、そうではない人間性を持っている自分だからこそできるネタ作りやものの見方を改めて愛しているのだ。そういう意味では春日という男は著者にとって鏡のような存在で、そこには確かなリスペクトや憧れというものも存在している。

中二病の昇華

この本の帯にも「中二病全開」と書かれていた。もちろんその言葉を知ってからこれを読めば、著者のそれはまさに中二病とも呼べるかもしれない。中学二年生あたりのその時期に現れる、すべての考え方が自分の内側に向いてしまってまるで独りよがりのようになってしまうという”病”。確かにこれは社会全体からすればいつまでも患っておくわけにはいかないものかもしれない。ただこの本を読んで著者の中二病を目の当たりにすると、痛々しさとともに眩しさがある。きっと、誰しもが一度は抱いてそして社会に壊された何かに、私たちは憧れを抱いているんだと思う。今日本社会や世界で活躍している人たちを見ると、少なからず中二病的な面があることも認めざるを得ないし、今から自分たちの中に残ったその中二病のかけらを集めて何かを主張しても、周りにまた壊されるしかないと分かっていることが悔しいのだきっと。

この本の結びで著者は、これからも縛られ続けて生きていくことを示唆している。これは生来が変わることがないという諦めでありながら、これこそが自分本来の性格を完全に肯定したという証だと思う。それは社会人大学を卒業出来ないということではなく、自分の性格と社会との衝突を続ける覚悟だと思う。

そういう意味では著者の中二病は破壊される前に、芸人としての芸の肥やしに昇華されているのではないか。我々こそ自分の中にあった中二病を、失ったから否定して、そしてまだ残っているものは社会との軋轢としてまだ表にも出さずに隠し持ちながらない振りをしている。私はこれを読んでそいういったことに気づかされた。自分たちはとっくに社会の一部ではあるのに、自分という一個人にとっては社会とはやはり”対象”なのである。自分と社会。「自分は立派な社会人ですから」という気でいる人こそ、私は壊さなければいけない何かがあると思う。

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