英国的映像美で観る大人のスパイ映画 - 裏切りのサーカスの感想

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英国的映像美で観る大人のスパイ映画

4.54.5
映像
5.0
脚本
4.5
キャスト
4.5
音楽
4.5
演出
5.0

目次

概要

『裏切りのサーカス』(2011年、英、仏、独合作)は、スパイ小説の大家であるジョン・ル・カレの小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1974年)を映画化した作品である。原作の題名は、マザーグースの童謡から引用されており、登場人物である諜報員たちのコードネームを表している。


舞台は1973年、冷戦下の英国ロンドン。英国諜報部(MI6)、通称“サーカス”に所属していたジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)が、諜報部内に潜むソ連のスパイを見つけるスト―リーだ。

主役のゲイリー・オールドマンを始め、ジョン・ハート、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ、トム・ハーディなどベテランから中堅まで、錚々たる俳優たちが揃い、派手なアクションシーンはまったくない、いぶし銀の作品に仕上がっている。『ミッション・インポッシブル』等のハリウッド産スパイのイメージとは全く違うスパイ像がこの映画にはある。実際のスパイは地味なのだ。

派手なシーンはなくとも、計算された演出が物語を彩っている。映像は落ち着いていて美しく、英国的とも言える渋さが光っている。以下でその一端を分析し、味わい深いこの作品の魅力を考察していきたい。

有名なテレビドラマ版の存在

実はこの『裏切りのサーカス』は、1979年に既に映像化されている。英BBCがテレビドラマとして製作した『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1979年)がそれで、主役は名優アレック・ギネス(『スター・ウォーズ』のオビ=ワン・ケノービ役と言えば通りがいいが、本人はオビ=ワン役を毛嫌いしている)。他にイアン・リチャードソンなどの実力派が起用されており、英国内ではかなり有名な作品である。つまり多くのイギリス人視聴者は、ソ連のスパイが誰であるか知っているし、作品の大筋も理解しているのである。故に『裏切りのサーカス』は、スパイ物やサスペンスにありがちな“どんでん返し”に頼ることはできない。それでは、2011年の映画版は、いかにして新たな価値を付与したのだろうか。

灰色のロンドン

本作のクリエイティブ・ディレクターは、ファッション・デザイナーのポール・スミスが務めている。ポール・スミスは、日本でも人気が高く、イギリスでは中流階級以上の若い富裕層を中心に人気を得ているデザイナーであり、伝統的な英国スタイルに小物や柄でアクセントを加えることを得意としている。
このポール・スミスの手法が、衣装のみならず映像全体に影響を与え、テレビドラマ版にはない魅力を作品に付与しているのである。

まず舞台となる街ロンドンは、意図的に暗いイメージで撮影されている。70年代が舞台の作品に、今日的な建築を配することはできないのは当然だが、必要以上に霧がかっていて暗い、灰色のロンドンを創り出されているのだ。

テレビドラマ版を見ればわかるように、70年代のロンドンはなかなかきらびやかで、コカ・コーラや富士フィルムのネオン広告が光っているのだが、『裏切りのサーカス』にはそういった現代的な舞台装置はほぼ全て取り除かれ、伝統的な建築物や昔ながらの下町及び路地の様子だけが映されている。

この灰色のロンドンに時折挿入されるのが、鮮やかな赤色である。この赤色は共産主義やソ連のスパイを表しており、映画の内容ともマッチしている。冒頭のシーンで灰色のMI6の建物の前を、鮮やかな赤のダブルデッカーバスが横切るのは、諜報部内のスパイを暗示していると言えよう。

クラシカルなロンドンの街を創り出し、それをキャンパスに見立てて、時折目が覚めるような鮮やかな色を差し込む。それは、ポール・スミスの得意とするファッションの手法であると同時に、諜報部内のどこにソ連のスパイが潜んでいるのかわからないというプロットを映像で表していると言える。

1973年当時のイギリスはSick man of Europe“ヨーロッパの病人”と呼ばれるほどの不景気に喘ぐ暗い時代だった。冷戦はデタントを迎えていたとはいえ依然雲行きが良くなる気配はなかった。ビートルズは既に解散し、スウィンギング・ロンドンはその役割を終えており、経済も文化も中心はアメリカに渡っていた。そのような時代背景を反映してかポール・スミスはこの映画を灰色がかったモノクロームだと表現している。作品は終始ロンドンらしい曇り空に覆われ、建築物の色調、諜報部員達のファッションもダークカラーが基調となっている。映像自体も鮮明でないざらついた感触で暗めに撮影されており、古き良き白黒映画の雰囲気を感じさせる。一見地味に見えるかもしれないが、細かいところまで計算された英国らしい映像美であると言えるだろう。

ファッション面においても、キャラクターの役割によって特徴が異なっている。スマイリーの妻を寝取り、バイセクシュアルであることも明らかになるビル・ヘイドン(コリン・ファース)は、スマイリーと対比されるキャラクターだが、色調を抑えたスーツを着込み、寡黙なイメージのスマイリーに対し、ツイードの三つ揃いのスーツで決めた洒落者のイメージが付与されている。
また、ソ連に潜入しているリッキー・ター(トム・ハーディ)は、ラフな黄色のジャケットを着ており、往年のアメリカ人スター、スティーブ・マックイーンが意識され、映画で唯一のラブシーンを担っている。落ち着いた会話劇が多い中で、ラブシーンやアクションシーンをアメリカ的なイメージのキャラクターにやらせるのは、イギリスとアメリカの映画文化の対比としても面白い演出の方法である。

以上のように、『裏切りのサーカス』はストーリーだけではなく、様々な小道具や舞台装置を見て楽しむ作品である。上に挙げた以外にも計算された演出が数多くあり、それを見つけるのも楽しい。何より作品の1シーン1シーンが、意味を持ち、観ていて美しい。決して派手さはないが、大人の魅力溢れるスパイ映画である。

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