ジャンプSQの隠れた名作・『しょんぼり温泉』
とってもしょんぼり、だけど“わかる”
筆者は温泉旅行にいくのが好きだが、『しょんぼり温泉』には地方の温泉地のしょんぼりがとてもよく表現されていて興味深い。
例えば、錆にまみれ塗装のはがれた汚い看板、集客を諦めたやる気のない食堂、透けて見える地元民のなれ合いと商魂のなさ……。
『しょんぼり温泉』はまさしく、地方のさびれた温泉地の“生き写し”ならぬ“描き写し”なのである。こんな温泉地、行きたいけど行きたくないと思わせてくれる独特の魅力を放っている。
作者の小田扉は『団地ともお』で有名な漫画家であるが、すっかり筆者は独特の空気感のファンになってしまった。単行本数冊で連載が終わってしまったことが少々残念である。創刊してまもなくのジャンプSQは幅広い読者層を探るためか、ジャンルを問わず色々な漫画が連載されていたのだが、最近ではこうした色味がなくなってしまってきているのが寂しい限りである。
しょんぼりするには訳があった!
一見するとただのしょんぼりギャグ漫画にしか見えない『しょんぼり温泉』であるが、この漫画にはいくつか面白さのためのギミックがある。
まず一つに、緻密に描きこまれた背景だ。
『しょんぼり温泉』を読んでみると、一つ一つのコマに対し、背景がほとんど描きこまれていることに気づかされる。
これは漫画では実は珍しく、一つのページにここまで背景を埋めることはほとんどない。背景を描きこむのはせいぜい一コマ二コマで、他は例えば効果線やベタ塗りでコマを埋めるのである。
これはページの見やすさの関係である。極端な例を挙げれば久保帯斗の『BLEACH』などは背景がほぼほぼ空白であることがよく知られ、むしろネタにされているほどだ。
見やすさでいえば、『しょんぼり温泉』はごちゃごちゃとしていて見づらいようにも感じる。だが、同時にそれには大きな利点があり、そのために画面の見づらさは犠牲になっているのである。
例えば、一つ一つの背景には、冴えない顔のおっさんだったり地味な温泉街の風景だったり、あくまで“しょんぼり”が意識されている。“しょんぼり”に対する手抜きがないための画面の見づらさ。これもこの漫画の特徴であり、味であろう。
そして面白さの二つ目に、“スルーされるボケ”にある。
『しょんぼり温泉』をよくよく読んでみると、ツッコミどころが満載であることがわかる。照れ隠しで金網に背面飛びするしょうこちゃんであったり、五人でラーメンをすする子供たちであったり、目をやると思わずくすっとしてしまうシュールギャグが満載だ。これは画面の見づらさとも関係している。しかも、登場人物の誰ひとりとしてそれをつっこまないからまた面白い。一度読むだけではなかなか見つけることが出来ず、背景まで何度も読みこんでようやく見つけることが出来る。
こうした、間違い探し的な面白さがあるのも『しょんぼり温泉』の大事な魅力の一つだ。
『しょんぼり温泉』にみる貧困世帯の子供のリアル
最初の項でも少し触れたが、『しょんぼり温泉』は地方の温泉街をよく描き写している。と同時に、地方に住む人間のリアルを映し出してもいる。
代表的なのが子供たちだ。子供たちは軒並み小遣いすらまともにもらえず、家事や家業を一生懸命手伝っている。こうした光景は、極端な例を挙げれば都市部の少年少女が主役の漫画ではあまり見られない光景だろう。漫画的な誇張表現だとか、前時代的だと思った人も多いかもしれない。
だが、実際にこういった子供は現代日本でも確かに存在する。片親であったり、零細企業の自営業者の子供だったり、あるいはそれらの保護者たちが経済的に豊かでない子供たち――華やかなドラマや漫画の登場人物とはなりにくい、“等身大”の子供たちだ。こういった子供たちの多くは、小遣いもプレゼントも、他所の家の子供ほどには与えられない。
筆者の経験上だが、実際にそういった子供たちの顔つきは、ある程度“条件の揃った”親たちの子供に比べて違う。
世の中を知っているためか、余計なことは喋らず、驚くほどにリアリストで、一歩引いた目で世の中を見ている。
そう、まさしく『しょんぼり温泉』に登場する子供たちの顔と一致するのである。
それが不幸である、あるいは社会的マイノリティであるとは、もちろん筆者には断定することが出来ない。
だが、違う世界を知ることが漫画や映画の醍醐味であるというならば、貴方たちの隣に当たり前のように存在する友人知人の知られざる背景――例えば家庭環境、境遇、食生活、幼少時の遊び方などなど――に思いを馳せるキッカケを与えてくれることもあるだろう。
何度も繰り返すが、『しょんぼり温泉』のような漫画は本当に貴重な存在だ。ただの漫画だと思って見過ごしていると、本当に損をしてしまうほど、色々なことに気づかされる。
『しょんぼり温泉』には、人々が偶像のなかに存在を許さなかった、現代社会の人間模様が見える。秀逸な漫画的技法、細やかな背景、シュールギャグに隠れて存在しているのである。
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