死は絶対的な悪か - ジョニーは戦場へ行ったの感想

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死は絶対的な悪か

5.05.0
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
4.0
音楽
3.5
演出
4.0

目次

反戦映画というよりは・・・

人が生きているとはどういうことなのだろうか。医学的には「脳死」という判定基準があります。臓器提供のための基準となるこの考えから思いを巡らせれば、脳さえ機能していれば人は生きているのでしょう。この作品は、そんな医学的、哲学的な疑問を投げかけてきます。反戦映画として発表された作品にも関わらず、私が受けとめたのは生命の逞しさと悲しさ、そして「生きている」という現象への深い戸惑いでした。戦争で手足を失い、顔面を破壊され、視力、聴力、発声能力、味覚まで、人間の持つほとんどの能力を失った息をしているだけの芋虫。けれど、その精神は若く、思い出は明るい。残酷な神が与えた残酷な刑罰。私達は彼を現代のキリストとして捉えるべきなのでしょうか。それとも、無慈悲な医学の犠牲者として認識したら良いのでしょうか。人それぞれに受けとめ方は違うでしょうが、私は医療残酷物語として検証していきたいと思います。

記憶だけが唯一の糧

人は思い出だけでも生きられる?何人かの老人を見ていると、それに近い認識を覚えますが、彼らには視覚も聴覚も味覚もあるのですから、純粋に思い出だけで生きているとは言えません。純粋に記憶だけで生きているのは、脳だけが機能している場合だけ。AIに近いイメージかもしれません。主人公は心と思い出を持った悲劇のAI。最悪の生態状況に置かれた彼の姿に、悲しみや憐憫の情等という甘っちょろい感傷は吹き飛ばされてしまいす。過酷すぎる不幸に人は笑うしかなくなると言いますが、主人公の精神状態はまさしくそれではないでしょうか。画面にも、窒息しそうな重苦しさと奇妙に淡々とした日常性が同居していて、観る者の思考を混乱させます。人は想像を超えた存在や出来事には共感できないものなのかもしれません。主人公の心情を理解しようと努めながらも、許容できない戦慄に逃げ腰になります。正直、彼を取り巻く人間達の冷めた感情が、どこか自分自身の感情に重なりゾッとします。思い出というサナギの中で息だけをしている芋虫。永遠にふ化することが出来ない芋虫。それを生みだしたのは戦争ではなく、思い上がった医学の傲慢では?生命を維持することだけが正義なのでしょうか。

存在への希望

ある日、一人の心優しい看護師が彼のさなぎに小さな穴を開けてくれます。そこに差し込む一条の光が、眠っていた彼の皮膚感覚を呼び覚まします。仄かに暖かい陽の光。思い出の中のものではない、現実に差し込む光。生物は失われた機能を補うために、残された機能が研ぎ澄まされると言われています。盲目の音楽家等はその良い例でしょう。彼に残された唯一とも言える機能は皮膚感覚でした。光を感じる事が出来た喜びが彼の生きる希望を呼び覚まします。希望は人間にとっての最強の武器かもしれません。彼は生きるためのGUNを手に入れたのです。生きている自分の意志を、他者に伝えたいと願い始めました。希望というものの持つ力が、どれほど人間を有能にするのか!彼は頭部を動かす事によって自らの意志を世界に向けて発信し始めました。兵士だった時に覚えたモールス信号です。夢はどんどん膨らんでいきます。世間の人々は、こんな奇妙な状態で生きている自分を観て興味を示すに違いない。だから是非見せてあげたい。見られたい。再び社会の中の一員になれる。だから外へ連れて行って下さい!生きているという事は、存在を他人に認識されるという事でもあるのです。

死ねない地獄

束の間、開かれるかに見えた扉は閉ざされた。そして二度と開く事はないだろう。社会にとって脅威となる存在は隠ぺいされるか抹殺される。一度希望の光を浴びた彼の心は、いったいどんな風に再びの闇を受け入れるのだろうか。絶対に受け入れる事などできる訳がないのです。彼の心が叫びます。「殺して下さい!」健全な脳を持っているからこその悲劇です。(見出された希望→再びの絶望)というパターンで構成されている作品に「レナードの朝」があります。似たような構成ではありますが、「レナードの朝」にあって「Johnny Got His Gun)に無いのが(回復)というキーワードです。このキーワードによって、「レナードの朝」には医療サイドの愛と優しさを感じることが出来ます。医療が奇跡を起こす事もあるという希望があるからです。反対に、なぜ生命を維持させるのかという疑問に向かい合わされるのが「Johnny Got His Gun」です。何が何でも生命を維持させなければならないという現代の医者の命題には疑問を感じます。死を絶対的な悪とする時代倫理もあるのでしょうが、生きているとはどういうことなのか、もっと総合的な考察が必要なのではないでしょうか。映画や本は私達に様々な問題や価値観の在り様を提供してくれます。作者の意図とは違ったメッセージを受け取る事も多々ありますが、それもまた楽しみのひとつかもしれません。特にこの作品は、観る人によって感想が大きく異なるのではないでしょうか。

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この「ジョニーは戦場へ行った」という映画を観終えて、私は打ちのめされ、言葉も出ませんでした。実に、無残な話なのです。酷い、痛ましい、切ない、つらい。だが、それでいて、このあふれる、不思議な優しさと美しさはどうだろう。健康で平凡で、つつましいアメリカ青年のジョー(ティモシー・ボトムズ)が、志願兵として第一次世界大戦の戦場へと赴き、直撃弾で顔面を吹き飛ばされ、両手両脚も失ってしまいます。眼も鼻も口も耳もない、もはやイモ虫のような肉塊は、知覚も記憶も思考も持たぬ、一個の"個体"とみなされ、病院のベッドに横たえられ、やたらに管を突っ込まれ、白布に覆われて、軍医の研究材料用として生かしおかれるのです。けれど、ジョーは、まさしく"生きて"いたのです。まぎれもなく、"人間"として。見えず聞こえず、しゃべれぬ暗黒の世界で。彼の意識にはさまざまな想念が浮かび、駆け巡ります。恋人と結ばれた一夜と別れ、敬愛した父(ジ...この感想を読む

5.05.0
  • 驟雨驟雨
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