少年の心の成長と幸せを願う物語
祖父の未練が残った大正時代へタイムスリップする浪漫譚
祖父とバイオリンが好きだった主人公・光也(みつや)が、入院中の祖父に願いを託され、病院の階段から落ちた拍子に大正時代へタイムスリップする所から、この物語は始まる。すでに第1話で、光也が過保護すぎる母親と仲が良くないこと、大好きだったバイオリンを惹かなくなった理由、祖父から託された願いなど、今後の物語に大きく関わってくる要点を大体抑えているので、この時点でもう世界観の虜になり、目が離せなくなってしまう。大正時代に来てしまった光也は、当時16歳の祖父=慶光(よしみつ)とそっくりな容姿をしていたため、親友である仁(じん)に慶光だと勘違いされてしまうが、幸か不幸かそのおかげで大正時代を生きるための拠点と支えを手に入れることになる。また、同じくタイムスリップで大正時代にやってきた光也の幼馴染である慶(けい)も加わり、どうして慶光が、光也と慶を大正時代へ寄越したのか、当時を生きていた本物の慶光はどこに消えてしまったのか。様々な謎を解明するため、少年たちが協力していく。ただこの漫画、単純なタイムスリップ系・ハートフル系のストーリーというわけではなく、親友の仁が友達以上の愛情を慶光に抱いていたり、事故で亡くなったはずの慶光の両親に関わるサスペンス要素、やがて訪れる戦争の時代など、少女漫画だがなかなか重い題材を取り扱ったりもしている。
慶光と光也、姿そっくりの2人だが中身はー・・・
子爵家の長男であり、頭脳明晰で、立てば芍薬歩く姿はなんとやらなど、とにかく高貴な印象だった慶光に対し、光也は典型的な現代っ子で何かとすぐに手を出してしまうおせっかい焼き。冷静な慶光と情に厚い光也。姿はそっくりだが中身は正反対の2人だった。周囲の人間は、最初「光也=記憶喪失、二重人格の慶光」だと考えていたので、光也は自分のことを慶光と別人だと思ってくれないことに苦しんだ。だが、一緒に過ごすに連れて慶光と光也の性格の違いが大きくなっていき、周囲は、彼らが同一人物ではないのではないかと思い始める。本物の慶光に会いたい、目の前にいる人間は本当は誰なのか、でも、その目の前にいる誰か分からない人間のおかげで良い方向に物事が動いている、救われた人間もいる・・・。少しずつずれていく感情の中で、周囲の人間も苦しんでいく。光也と慶は、生き方や価値観が異なる大正時代の中でもがく間に、少しずつ周囲に理解者が増えていく。
浪漫溢れる時代描写
当時の教育体制・学生の遊び方・食べ物・着るものなど、経験したことのない出来事の連続で光也が慌てている様子は、大正時代の歴史の勉強にもなるし、見ていて微笑ましくも感じる。また、珍しいものや楽しいことだけでなく、子爵家ならではのギスギスとした内情、外国人を忌み嫌う風潮など、シリアスな要素も多い。ギャグとシリアスの要素は4:6くらいで、後半になるにつれシリアスが強くなっていくものの、光也の物事にまっすぐ向かっていく素直な性格のおかげで、暗くなりすぎずに読むことができる。時代描写の中で個人的に特に好きなのは服装だ。西欧化が進む中で、シャツの男性と着物の女性が混じったパーティ会場、喫茶店で働く着物の女性、燕尾服の男性。光也と仁は貴族だけあってスーツやベスト姿が多いのだが、それも毎回衣装が異なるので、そういった変化を見るのも楽しい。
大切な人だからこそ幸せを願わずにはいられない
しがらみに囚われていた子爵家の人間たちに光を指し、慶光の両親の事故の真相を解決した光也は現代へと戻ってしまうのだが、光也と仁の別れのシーンは、2人の表情とセリフにコマを追う度に涙腺がやられ、とにかく読んだ後に、お互いに幸せを願う2人の純粋を噛み締めずにはいられない。すでに仁は、慶光と光也は別人だと確信しているのに、光也は仁が好きだった慶光ではないのに、別れる直前に光也にキスをする。もはや異性同士とか小さなことを気にしてる場合じゃない。大切な人と別れてしまう寂しさ、幸せになって欲しいという願い。喜ばせて欲しい生き方を願う2人。そして最後の最後に、文庫版の最後には描き下ろしの漫画も収録されていて、そこでまた号泣してしまう。単行本は全8巻で、文庫版は全4巻刊行されている。結構昔の作品なので単行本がなかなか見つからないという方には、描き下ろしも週力されている文庫版が良いかもしれない。最後まで読むと、周囲の大切な人に対して改めて愛情表現をしたくなる物語だ。
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