島本和彦のピーク!彼は魂を漫画に込めた! - 逆境ナインの感想

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逆境ナイン

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画力
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演出
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島本和彦のピーク!彼は魂を漫画に込めた!

4.04.0
画力
3.5
ストーリー
3.5
キャラクター
4.0
設定
3.5
演出
4.0

目次

1巻はどうでもいい

1989年の連載開始時、サッカー漫画になる予定だった、という背景もあってか1巻は正直言って面白味が少ない。第一話の「廃部だっ!!」から「ここのスミにでっかい優勝旗を置きたいとはおもいませんかっ」という展開は見事でどんな漫画が始まるんだろう、という期待感がある。しかしメンバーがケガなどで脱落、日の出商戦不戦勝までの流れはただ勢いがあるだけで、連載時ですらどこかで見たようなネタも多くあまり笑えない。正直なところ不屈、月田、ハギワラ、サカキバラ、校長などの主要人物が出てくること、「逆境」の二文字、これだけ覚えてもらえればいい。たぶん島本氏も編集もこの時点で6巻の感動が生まれることなど考えてもいなかっただろう。 

エンジンがかかってくる2巻

テストで赤点を取って脱落するメンバーの穴埋めあたりからクドくウザいだけのキャラクターたちが生き生きと躍動し始める。ハギワラと「7人の侍」でシンパシーを得るところなどトリハダなしには見られない。

ここから王との対決、長嶋入部、山下たちのランニングバトルと、かつて見たことのない迫力あふれるギャグがさく裂し、更にキーになるはずの不屈が恋愛に走るなど多重展開もあり、物語に勢いが付く。そして3巻で再び「甲子園が見える」時、後付けなのに島本和彦特有の「男の道」「魂」などの路線が確立していく。 

もはや解説するまでもない中盤からの全力感

4巻以降は圧巻である。漫画としての面白さ、迫力、画力、どこを切っても島本和彦の最高傑作と言ってもいいだろう。実は4巻以降もギャグのレベルは1巻あたりと大して変わらないのになぜこんなに面白くなったのか?実際のところ雨で不戦勝というネタと100点取られて大逆転というネタはどっちも大してひねったものではない。変わったのは「逆境」に対するキャラクターたちの姿勢だ。物語前半では襲ってくる逆境に立ち向かってはいるものの、「おおむね何となく回避」しているのに対し、中盤以降は正面から立ち向かっている。「かけがえのない女」を捨てた時、部員がやる気をなくした時、100点取られた時、それを乗り越えるのは不屈闘志の「男」であり「魂」だ。これが前半空回りしていたクドさ、独特の勢いとミックスアップし、「どこにでもありそうなありそうな2流ギャグマンガ」から唯一無二の傑作となっていったのだ。

画力についても語らないわけにはいかない。力強くかっこいい男性キャラ、かわいい女性キャラという少年漫画に必要不可欠な要素を書くにあたり、島本和彦はこの時ピークを迎えている。不屈、ハギワラ、サカキバラ、高田、校長、主要な男性キャラはどれもタイプは違うのに文句なくかっこいい。そして月田、桑原、安藤の3人の女性キャラは上手くはないのだがかわいい。それぞれに魅力がある。近年の作品である「アオイホノオ」に登場するトンコやひろみもかわいいのだが、明らかにこの時期の月田と桑原には及ばない。本作以降があるいは本来の島本的なのかもしれないが、線は細くなり、力強さは明らかになくなっていく。 

そして伝説となったラスト

最終巻のスピード、迫力、大げさなのに空回りしない勢い、頻発するトリハダ、そして訪れる感動。

ラストエピソードで記憶喪失になるあたりは「ドカベン」のパロディか?とも思うがそんなことはどうでもいい。最後の男球を投げミットに収まるまでの6ページは、バカバカしい演出なのだが、既に笑いを超え感動に至っている。そして最後の「負けるな!」である。

本作は明らかに駄作として始まった。中盤の「男」と「勢い」のミックスアップが無ければこれほど記憶される作品にはならなかっただろう。島本和彦は煮えたぎる湯の中から大やけどを負いつつも本作を手にした。最終巻の背表紙に地球を張り付けて何の違和感もない、「野球漫画」でも「ギャグマンガ」でもない、「傑作」となった。 

この作品が生み出したもの=「男書き」、それは「炎尾燃」に継承される

その後の島本和彦はこの「勢い」をいくつかの作品で再現しようとした気配はあるがついにその頂きに達することは不可能だった。男の3部作の2本目である「無謀キャプテン」、続編である「ゲキトウ」などがそれに当たると思うが、正直なところ本作の足元にも及ばない。

不屈闘志に例えれば、この時期の島本氏は「魂を漫画に込める」ことが可能だったのだろう。これを「男書き」とでも呼ぼう。この「男書き」自体は伝説の魔球となり前述のように2度と再現されていない。しかし彼はこの魂を「炎尾燃」というキャラクターに継承させることに成功した。島本和彦自身には「男書き」はもはや不可能なのだが、それができるキャラクターを生み出したのだ。「炎尾燃」は「燃えよペン」「吼えろペン」などに登場し、近年では若干テイストを変えて「アオイホノオ」の題材にもなっている。実に島本氏はこのキャラクターで既に20年以上漫画家として食っているのだ。このキャラは本作の存在無くしてありえなかった。恐るべし「逆境ナイン」、恐るべし「男書き」。島本氏はその後いくつかの駄作を書くが彼はその逆境に「負け」ていない。

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