芥川龍之介が描いた「藪の中」の新解釈がここに
原作になっている芥川龍之介の「藪の中」とは
「TAJOMARU」は芥川龍之介の「藪の中」が原作となっている映画です。この「藪の中」を原作とした映画はこの「TAJOMARU」の他にもいくつかありますが、一番に思いつくのは1950年に制作された黒澤明監督の「羅生門」でしょう。芥川龍之介の作品の中にも「羅生門」という作品があり、黒澤明監督の「羅生門」はこちらの作品も原作としているようです。そのため「多襄丸」という名前を聞くと原作は「羅生門」ではないかと勘違いして覚えてしまっている人も少なくないのではないでしょうか?
この「TAJOMARU」は「藪の中」を原作として、その登場人物の一人である「多襄丸」からみた世界が描かれています。原作は「藪の中」で発見された男性刺殺体に関わった人物たちの証言によって話が展開していきますが、それぞれがそれぞれの保身のために虚偽の証言をするため、何が本当で何が嘘なのかがわかりません。結局誰に殺されたのかは、その殺された男が一番わかっているのでしょうが、巫女の口を借りて証言した殺された男でさえも、自分の名誉のため自害したのだと虚偽の証言をしています。どう考えても自害とは思えない状況にもかかわらず、殺された男自体が自害したと言っている状況で、これ以上どうすることもできない。そんなどうしようもない状況をタイトルである「藪の中」として表現しているようです。真実を究明しようと、誰がどこまで真実を述べているのか研究されていたこともあるようですが、そもそも芥川龍之介が描こうとしていたものは真相の究明を読者に求めるものではなく、人間の記憶は自分の都合によって変わってしまうような不確実なものだということを表現したかったのかもしれません。物事の真実が明らかにならない状況を表現する言葉に、「真相は藪の中」という言葉がありますが、これはこの芥川龍之介の「藪の中」からきているようです。このことからも究明することのできない真実があるということを伝えたかったのかもしれません。
「多襄丸」となった畠山直光
畠山直光は「多襄丸」を殺すことでこの名前と「波切の剣」を受け継ぎます。この「波切の剣」こそ「多襄丸」である証となっているようです。最強最悪の盗賊「多襄丸」を倒したという名声が欲しいために数多くの猛者たちが戦いを挑んでも、一度も敗れたことがないという噂の真相はここにありました。「多襄丸」という名前は誰もが恐れてやまない名前のため、誰かに倒されたなんてことはあってはならないというのが、名前を継いでいく理由のようです。「多襄丸」に対していろいろな噂が流れているにも関わらず人物像が定まらなかった理由も、いろいろな人が「多襄丸」として生きていれば当然だったでしょう。
畠山直光の「多襄丸」は実に男気あふれる「多襄丸」で、「盗賊」といっても裕福なものから奪い貧しい人には施すという「義賊」的な盗賊でした。そこには直光のまっすぐな性格が表れているようです。もともと畠山家の次男ということもあって家名に縛られるということもなかったためか、「多襄丸」という名前を受け継いでもその名前のイメージに縛られることなく、自分らしい「多襄丸」でいることができたのでしょう。地位や名声を重要とする時代にあって「愛する者と一緒にいられるのであれば何もいらない」と言っていた直光にとって自由気ままに暮らすことのできる「多襄丸」という名前は、いろいろなしがらみを捨て自分らしく生きることのできる名前だったのでしょう。
愛情があまりに深すぎる直光
桜丸に対して直光は実の弟のように接してきました。しかし、いくら直光が弟のように扱ったとしても、この時代家臣はどこまでいっても家臣であり、直光と同じようにふるまうことは、他の家臣からは当然許されることではなかったでしょう。直光が桜丸に愛情を示せば示すほど、生まれの差というものを桜丸は感じていたのかもしれません。しかしその反面弟として扱われているのであれば、もし信綱・直光が亡くなった場合、自分にも畠山家の家督を継いでもよいのではないかという考えが生まれてきてしまったのでしょう。将軍からの寵愛を受けていたことあり、実現不可能な野望ではなくなってしまったことも原因の一つとなったのでしょう。
阿古姫に対しては、自分の命を差し出してもよいと思ってしまうくらい愛していて、二人で一緒にいるために家を捨ててしまうほどです。そんな直光に自分をあきらめさせるには、直光に対して非情な態度をとるしか選択肢がなかったのでしょう。そして深く傷つけてしまった直光のためにできることは、自分を犠牲にしても桜丸の野望を阻止し、直光に無事畠山の家督を継がせることだったのでしょう。
畠山直光という人物は、自分がこの人はと思える人に対しとても深い愛情を注ぐことのできる人物だったのでしょう。そのことがかえって仇となってしまい、この悲劇の原因となってしまったのかもしれません。
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