戦争を知る世代も唸るであろう臨場感
佐藤秀峰氏のすばらしい取材力
佐藤秀峰氏の作品は、「海猿」「ブラックジャックによろしく」など、実写ドラマや映画化されている者が多く、実際に著者がその職業を経験したのではないかと思えるほど、現場の様子が綿密に描かれている。佐藤氏の作品は命と命の現場にある矛盾を描いたものが多く、この特攻の島も時代は違えど、命と命の現場にある矛盾を描いた作品の一つと言える。佐藤氏は1973年生まれで戦争を知らない世代であるが、戦時中の時代考察やその時代に生きた人の心情の描写が、まるで見てきたかのように鮮やかに描かれている。おそらくその時代に生きた方でも、佐藤氏の取材力には驚いてしまうのではないだろうか。私自身も戦争は知らない世代であるが、様々な戦時中の記録書物は目にしたことがある。その中でも「特攻の島」は、回天という海の特攻の事実を後世に伝える貴重な資料となりうると言える。
すばらしい構成の史実に忠実なフィクション
特攻の島には、実際に回天隊に従軍していた実在の人物が多く登場し、渡辺裕三という著者が生み出した架空の人物と関わりを持っている。最初は仁科関雄中尉と一緒に特攻散華した渡辺幸三少尉が渡辺裕三のモデルなのではと、単純に名前が似ていることからそう考えていたが、実際は違うようである。
現在発刊されている部分まで読み進めると、主人公渡辺裕三の活躍は、史実の勝山淳中尉がモデルとなっており、勝山中尉は別の活躍をすることで、著者の勝山中尉への敬意を感じる展開になっている。
回天の搭乗員として苦悩する渡辺を実在の人物が叱咤激励し、支えることで、その人物に興味が持て、回天のことをもっと知ってみたいという気持ちにさせられる。回天戦についてはほぼ史実を歪曲することなく描かれており、フィクションであるものの、再現すべき史実にはノンフィクションになっている点は、実在した登場人物やご遺族への配慮を感じる。
特攻=空ばかりではない
戦時中の特攻隊というと、ゼロ戦による空の特攻隊に目が行きがちであるが、実際は特攻の島で取り上げられている回天や、海の特攻に関してはモーターボートを使用した震洋などもあり、当時の海軍がいかに切羽詰まった状態であったかが察せられる。とりわけ回天は不時着して助かるということがない、出撃したら必ず死亡してしまうという人間を兵器としてしか扱っていない攻撃方法である。
そういう特攻に志願した渡辺が、志願したもののこんな死に方をしていいのだろうか?と苦悩するところから、親友関口や家族の死を経て、死ぬことや生きることに自分なりの答えを模索する姿が痛ましい。一口に特攻隊員と言っても、すべての人が同じ心情ではなかっただろう。絵を描くことが好きだった凡庸な少年だった渡辺の眼光が巻を追うごとに鋭くなり、後輩が渡辺と仁科中尉と勘違いするシーンがある。もし戦争がなかったら、好きな絵の道に進んでいただろう少年が、軍人になり人を殺すために命を投げ出さなくてはならないことが本当に切ない。
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