スポ根+人間ドラマ - フライ,ダディ,フライの感想

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フライ,ダディ,フライ

4.504.50
映像
4.50
脚本
4.50
キャスト
4.50
音楽
4.50
演出
4.50
感想数
2
観た人
2

スポ根+人間ドラマ

5.05.0
映像
5.0
脚本
5.0
キャスト
5.0
音楽
5.0
演出
5.0

目次

キャスティングの考察

本作の主人公、鈴木一(すずき はじめ)を演じた堤真一さんの演技が光った作品です。

この主人公を演じられるは、堤真一さんか、渡辺謙さんしか、思い浮かばないです。ドロ臭い人間の一生懸命さを演技できるのは、この二名しかいないのだと考えられます。堤真一さんといえば、偶然かもしれませんが、「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズにおいても鈴木さんを演じておられました。そして、「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズは、昭和の戦後時代から急成長する東京を舞台として展開していく物語です。

当作品の鈴木と、「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズの鈴木はキャラクター性が全然違います。「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズの鈴木が、当作品の主人公だったなら、どれだけ強い高校性であったとしても、物語の序盤から鈴木が勝利を収めていたと考えられます。「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズの鈴木には、それだけ恐ろしくて強いイメージがあります。しかし、当作品の鈴木は、弱い位置からスタートラインに立っており、強くなる為の成長要素が描かれています。

しかし、両作品の鈴木を比べたときに、類似点も挙げることができるのです。

それは、人間味があり、思いやりのあるキャラクター性だということです。また、どちらの鈴木においても、父親という立場だった共通点があります。そういった類似点があることで、堤真一さんの演じる当作品の鈴木においても、印象を合致させるものだったと考えられるのです。

また、もう一人の主人公といっても過言ではないスンシンの存在感も大きかったです。

演じておられたのは岡田准一さんであり、格闘技のエキスパートとしても有名な方です。また、目が大きい顔立ちや体格から、高校生を演じるのに無理がないと考えられるのです。スンシンを演じることができた役者を、他に挙げることができるでしょうか。きっと、岡田准一さんしか居なかったと考えられるのです。

そして、敵役だった石原を演じていた須藤元気さんも、恐ろしく危ないキャラクター性を存分に発揮されていました。

須藤元気さんといえば、「狂気の桜」という映画作品に出演していた印象が強いです。まさに、当作品の石原のイメージも、「狂気の桜」で演じていた須藤元気さんの印象そのままで、本当に恐ろしい存在として輝いていました。また、格闘家でもある須藤元気さんのテクニックを目の当たりにすることもできました。

物語本筋を機能させる重要な役は、二人の主人公と、悪だった敵役だと考えられるのです。

その役に、しっかり印象が当てはまる俳優さんが起用されており、演技に無理がないように感じさせるのが、当作品の魅力の大きな部分だと考えられます。この作品の面白さは、キャスティングによって成り立っているといっても過言ではないと考えられるのです。

在日朝鮮人についての考察

社会問題として、一般的に知られていないのが、在日と呼ばれる存在なのではないでしょうか。

表現することが難しいですが、一般的には知られているのでしょうが、テレビやメディアで取り挙げられる機会が少ないことから一般的に知られていないような錯覚があるのでしょう。この問題に焦点が当たった最近のニュースでいえば、東京の新宿区、朝鮮人学校問題くらいなのではないでしょうか。

容易に解決される問題でもありませんし、根が深い問題です。

どこか、嫌なことに対して、無意識に、視界にも入れようとしないのだと考えられるのです。

もう一人の主人公であるスンシンを在日とすることで、一般的な在日の方の生活や暮らしぶりに言及していたのではないでしょうか。物語のあらすじから考えると、スンシンは在日である必然性はありません。日本人という設定でも充分に物語として成り立ちますし、それによる影響はないと考えられます。

しかし、スンシンは在日であるという設定と描写は、明らかに、物語本編とは別のメッセージ性や意図するものがあると考えられるのです。

一般的な在日の家庭による生活を本編に挿入することで、暮らしぶりや考え方を知って欲しかったのではないでしょうか。間違いなく、制作スタッフや原作者の意図するものがあると考えられるのです。

一生懸命な父親像

物語の鍵となるのは、一生懸命な父親の姿です。

だからこそ、スンシンは父親をコーチすることに協力しているのです。逆に、鈴木一が熱心ではなかったら、スンシンも協力していなかったと考えられるのです。スンシンは何事においても関心が薄く、今どきの高校生の姿を象徴したものだと考えられます。しかし、根の部分が腐っているのではなく、スンシンの人間性は、間違いなく善人なのです。

鈴木一の一生懸命な父親像が、スンシンの心に響き、火を点けたのです。

クールだったスンシンのキャラクターが、鈴木一の影響で少しずつ熱い方向に変化していることが印象的です。スンシンの人物像を変えたのは、紛れもなく鈴木一だと考えられるのです。コーチを始めたのは、小さいけど大きな変化でした。

しかし、最後に石原に打ち勝った鈴木一に対して、スンシンは「飛べ!」と叫びます。

物語序盤のクールだったスンシンのイメージを覆す場面といえます。鈴木一の成長や進化に目先が向かいがちですが、実はスンシンにおいても、序盤と終盤では大きく成長しているのだと考えられるのです。

また、体力作りとして走り込みをする場面がありました。

鈴木一がバスと競うことで、体力を身に付けていることを示唆する場面です。

バスの運転手は、一生懸命な鈴木一に影響され、意識していることは一目瞭然です。しかし、走り込みで体力が上がってきている鈴木一を、バスの運転手は応援しているのです。それは、バスとの競争に勝つことができたことで、共に喜んでいる運転手の姿で明らかにされています。

鈴木一の娘においても、一生懸命さの影響に巻き込んだ人物といえます。

体力作りや喧嘩のトレーニングに取り組む姿をみることで、娘の父親に対する態度や気持ちが変化してきています。事件に巻き込まれ、無力だった父親に対して、冷めた感情しか持つことができなかったのは明白でした。しかし、会社を休んでまで、自分のために真剣に頑張ってくれている父親の姿をみて、気持ちにおける明らかな変化が映しだされています。

主人公の鈴木一の一生懸命な姿は、周囲を巻き込み、そして関わった人物たちを変化させているのです。それが、本作品の面白さであり、魅力だと考えることができるのではないでしょうか。

また、鈴木一は石原に勝利を収めましたが、勝つ必要はなかったのかもしれません。

勝負が始まる前に、周囲の人物は明らかな変化をしており、一生懸命に取り組んだ姿勢がそうさせたと考えられるのです。勝利を収めたことで、観客は気分良く締め括ることができますが。しかし、実は、勝利しなくても物語としては成立したのだと考えられます。

打倒ボクシングについての考察

ボクシングという格闘技は、足技や投げ技、寝技、関節技がなく、拳技だけで構成されたものです。

そのことから、スンシンは鈴木一に、投げ技から寝技にもっていくファイトプランを提案しています。それが、勝つために当然のことのように語られていました。しかし、ボクシングという格闘技も、そんなことは分かっており、それをさせない格闘技だと考えることができるのです。

ボクシングとは投げ技や寝技に入る前に、勝負を決めてしまうことを前提に練られたファイトスタイルなのです。そのことから、鈴木一が石原との間合いを詰めるのが、容易な作業ではありませんでした。本来であれば、タックルなどを用いて距離を詰めるのが定石だと考えられるのです。

しかも、ボクサーである石原にタックルを決めるのであれば、重心を低くして、下半身を切り崩していかなければならないでしょう。スンシンが鈴木一に授けたファイトプランは、合理的なものとはいえないのではないでしょうか。

作品自体の設定や展開に、少し無理があるように感じられます。

しかし、物語を美談にするために、鈴木一に楽勝させる展開にはしたくなかったのではないでしょうか。苦戦して負けそうになる場面からの逆転劇が、映像としては、格好良く映るのだと考えられます。

そういった展開に仕向けるためのファイトプランであったように考えられます。

スンシンが鈴木一に授けたファイトプランは、石原を効率よく倒すものではなく、最後の場面を盛り上げるためのファイトプランだったと考えることができるのです。

問題解決における考察

鈴木一が戦わなければならない理由は、愛娘の存在にありました。

そして、報復をしなければならなかったのです。改めて、冷静に考えてみると、暴力に対して、暴力で立ち向かおうとしている主人公には正義はないのかもしれません。しかし、当作品においては、美学であり、美談として扱われています。

確かに、警察関係に訴えても、無駄だったのかもしれません。

しかし、他にやりようはなかったのでしょうか。当作品の主人公は、恐ろしい敵役に負けない力を身に付けることで問題解決を図りました。勧善懲悪という図式に当てはまり、日本人が好む物語性であることは間違いないです。

ありがちな問題ですが、問題解決においては、一般的な観点ではありがちな展開ではありませんでした。現実社会において、主人公の鈴木と同じように格闘技を身に付け、子供の報復をしようとする親はいるでしょうか。

ありがちな問題を、一般的な解決方法を図っていないことに、物語としての、面白みがあるのだと考えられるのです。本来なら、有能な弁護士を立て、警察・学校関係のおかしい対応を正すべきだと考えます。

もし、皆さんが当作品の鈴木と同じ境遇になったとしたら、どのような問題解決を図りますか?

そんなことを考えさせられる作品であり、意図的に、メッセージ性が込められていたのだと考えられるのです。

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