私のバイブル『天使のくれた時間』 - 天使のくれた時間の感想

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私のバイブル『天使のくれた時間』

5.05.0
映像
5.0
脚本
5.0
キャスト
5.0
音楽
5.0
演出
5.0

目次

破られた約束

将来の仕事の為に、ニューヨークからロンドンへと留学に旅立つジャック。見送る恋人のケイトはやっぱり行かないで、二人で一緒にいようと泣き出す。けれどジャックは、「必ず君の元に帰ってくる」とケイトを残して搭乗口に消えてしまう…。

それから13年、ジャックはケイトの元には帰らず、ウォール街で金融会社社長として成功し、仕事が命の独身貴族。豪勢で悠々自適な生活を送り、女性関係も奔放に過ごしている。でもクリスマスイヴの夜、家族の元へ急ぐ社員たちをよそ目に、雪が舞う中エッグノックを買いに立ち寄った店で起きたトラブルを解決したお礼をしようとする黒人青年、キャッシュに「欲しいものは全て持っているから」と断ると青年は「本当だな?」と念を押して去って行った。

空港でのケイトの涙は、未来の別れを予感したものだった。泣きじゃくる不安そうな姿にこちらまで悲しくなる一方、ジャックはもう気持ちはロンドンと自分の未来に向いている事が読み取れた。

13年後、35歳。丁度この映画と出会った時の私も同じ年・独身・後悔の最中だった。

もう一つの人生

クリスマスの朝、ジャックが目覚めたのはマンハッタンから車で1時間程ののどかな田舎町、ニュージャージーの一軒家の寝室。入って来る、クリスマスにはしゃぐ子供達に驚き、隣にはまだ眠そうな13年後のケイトの姿。「苦いコーヒーを入れて。」とせがまれるジャック。驚いて逃げるように外に飛び出すと、昨夜の青年キャッシュに会い、車に乗り込み、事態を説明して元に戻れる方法を尋ねるが、青年はジャックを置き去りにする。マンハッタンの元のマンションや会社を訪れても、自分を知る人はおらず、途方に暮れながらジャックはニュージャージーの家へ帰る。

クリスマスは特別な日。その朝、夫にいきなり家を飛び出されたケイトは帰ってきたジャックを見てほっとするやら、怒りがこみあげるやら…。友人宅へクリスマスパーティーへ行くのに服を選ぶも、クローゼットには安物の普段着ばかり。キャッシュに持たされた自転車のベルをならしてみると、娘のアニーがクリスマスプレゼントの自転車でやって来て「気に入ったわ」と持って行ってしまう。

妻のケイトは無料で相談に乗る地元の弁護士。彼女は夢を叶えて弁護士になったのだ。妻と曜日で交代の子供達の世話を、ジャックを本物のパパではないと見抜いた娘のアニーに教わりながら、自分が行って来たはずの育児を一つづつ覚えて行く。アニーはジャックをパパに似せた宇宙人だと納得したのだ。なんとも愉快で可愛い二人の関係に、ジャックの味方がいたと安心してしまった。この世界でのジャックは義父のタイヤ店で働いている。実際の世界では考えられない生活とのギャップにひとつひとつ落胆しながらも、その中でもジャックらしさを少しづつ発揮する姿は、まだまだ仕事命のビジネスマン。この映画の原作タイトルである「The Family Man」への道のりは遠いと思えた。

あの時の選択

ニュージャージーでの近所付き合いの中で、友達だという男に、自分のことを聞き出してなんとか13年間の出来事と現在の状況を知ろうとするジャック。何かを探る態度のジャックと、奇妙なジャックの言動に何かを察する友人。ケイトという町で一番の女性を妻に持つ事の幸福と、誰でも現実から逃げ出したく時もあるさ、とアドバイスされるこのちぐはぐなやりとりは面白い。一旦受け入れ、懸命にケイトに言われる通りに行動する内に、様々なトラブルを起こしながらもジャックはだんだんとこの生活やケイトのこと、可愛い子供達や近所の友人たちと過ごす時間が当たり前のように愛しくなる。過ぎた13年間をビデオで見ながら、元の世界に戻りたくないと強く願うようになる。

しかし、薄情にもキャッシュという天使のくれた時間は終わり、元の都会のエリートの生活に舞い戻ると、今度は必死にニュージャージーのあの家を訪ね、ケイトと子供達を探すが当然見つからず、怪訝な顔をされるだけ。寂しい…そんな感情が初めてジャックの胸を突き上げる。ようやく見つけた現実のケイトの仕事場を訪ねると、ケイトは正に会社のフランスの支社長に昇進すべく、引っ越し準備の真っ最中。ジャックに連絡を取ろうとしていたのは、13年前に付き合っていた頃の荷物を返したかったから。ジャックのことは忘れて前に進んだと言うケイトもまた昔とは変わっていた。

そして、これから

あれ程までにクールだった男が、髪を振り乱し、スエットスーツでニューヨークの街を走り回る。クリスマスの予定は仕事。社員達がそわそわと家路を急ぐ中、一人顧客の接待に雪山に飛ぶ予定を立てたが、やはり居ても立ってもいられなくなる。フランスへと飛び立つケイトを空港まで追いかけ、大声で愛を伝える。ずっと二人は一緒にいるべきだった過ちや、かわいい二人の子供が自分たちの間に生まれるであろうこと、お互いの職業は今とは全然違って庶民的で質素だけれど、それが1番大切だという変化した価値観を、ごった返す大勢の搭乗客の列の中のケイトに向かって、臆面もなく叫び続けるジャックに困惑していたケイトも、少しづつその言葉に耳を傾け、コーヒー1杯を一緒に飲む時間を二人は過ごす。そして…。

胸がいっぱいになる。空港のロビーで二人でコーヒーを飲みながら、目と目を合わせて話す姿。今のケイトは何も知らない。ジャックに去られて仕事に生きたエリートの35歳のワーキングウーマンに、ジャックは見てきた世界を事細かに話しているのだろうか。笑いもこぼれる。元々愛し合っていた二人、ジャックが離れずにいれば幸せな生活は夢ではなかっただろう。どちらの生き方が過ちだったのか、天使が現れて欠けていた世界を見せてくれた。これは、あの頃の私の状況とシンクロして、10回以上映画館で心を癒す為に観た。自分のことだけ考えて、理想だけを求め、いつか周りが離れて行って一人ぼっちになって気づく後悔と空虚さ。ジャックは最初ニューヨークの男たちは皆、精神安定剤を飲みながら必死に仕事に生きていると言った。けれど、人間は、そこまで強い生き物ではないんだろう。押しつぶされた自分に気づいてあげなければならない時が来る。ただただその時の私はジャックとケイトに共感して、自分の人生と重ね合わせ、二人がこれから幸せになってくれることが自分の希望そのものだった。最終的にケイトはフランス行きを止めて、二人は結婚し、可愛い子供が生まれ、のどかな環境の町で小さくても幸せな家庭を作り出すのだろうか?ケイトがシャワーでのりのりで歌うローリングストーンズと、ジャックがケイトの誕生日にサプライズで歌う「La-La means I love you」が絶妙にこの映画を彩る。

この映画は私の中で、不動の1位の名作。新しい環境で暮らす中、ついつい見栄を張って本当に大事なことが見えなくなる時がある。そんな時はまたこの映画を観よう。ニュージャージーの暮らしで見せたケイトの幸せな笑顔が、あの頃と、今と、そしてこれからの私の希望と支えになり、ほっこりとした指針を示してくれるから。

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