原爆とは何たるか、ということを痛切に訴えかける作品
現職米大統領の広島訪問を契機に
2016年5月、アメリカのオバマ大統領が現職のアメリカ大統領としては初めて広島を訪れた。被爆者の長年の願いが一つ叶った。本作の原作者、故・中沢啓治氏も喜んでいることであろう。しかし、これは核廃絶へ向けての第一歩に過ぎない。これを契機にして、本作を見ていない人に見てもらう契機にしたいものである。広島の地に来なくても、原爆とは何たるかを痛切に訴えかけてくれる。それが本作品である。
原作漫画は閉架措置にされた時期も
痛切に訴えるからこそ、表現が非常に過激であり、それが原因で原作漫画が閉架措置をとられてしまったこともある。ある時は表現が過激だという理由で、またある時は差別表現があるという理由で、閉架措置になった。しかし、いずれも閉架措置は取り消しになっている。それは、表現の問題はともかくとして、本作品がすべての人に見てもらいたい作品には違いないことを示すものであろう。確かに、差別用語など表現の問題はある。しかしそれは教育で解決すればいい問題である。むしろ、そういう言葉が差別用語だということを知るいい機会にすべきであろう。視覚的な表現が過激すぎる点についても事前の指導で見る見ないの選択の機会をしっかりすればよいことだ。
表現が過激すぎるとは言うが
当時の子どもはいやおうなしに原爆禍の惨状を目の当たりにしたのである。作り物ではなく、つい先ほどまで何不自由なく生きていた本物の人間の瀕死の様子を生の映像として見たのである。だから現代の子どもも見なくてはいけない、ということにはならないのかもしれないが、作り物でも見ることができないような惨状を自分と同世代の子がいやおうなしに見なければならないことがあった、その原因を作ったのは原子爆弾だ、という事実はすべての子どもに知っておいてもらいたい。本作は原作者中沢さんが実際に被爆し、経験した事実を元に描いているからこそ、説得力があるし、物語により入り込め、自分のことのように考えさせられるのである。
原爆とは何たるか
「ヒトをヒトでなくしてしまうもの」。本作ではこれを訴えているわけである。それはヒトを死に至らしめるということだけではない。生き残った者をもヒトでなくしてしまう。これが原爆の本当の恐ろしさなのだ。これをこの作品では表現しているのである。それが一番ストレートに感じられるのがゲンと隆太が友子の粉ミルクを買うお金を稼ぐためにアルバイトをしに行った吉田家での出来事だろう。
原爆の熱線にやられて包帯だらけの姿になり、傷口からは汁がしみだし蛆(うじ)が湧き出してしまう。体臭もひどい。家族からも忌み嫌われ、見放されてしまう。ヒトとしての扱いをしてもらえなくなっているわけである。家族もまた、いくらそういう姿になったからとはいえ、世間体を気にするあまり身内であろうとヒトをヒトとして見なくなってしまうわけである。特に後者については、ケロイド状になった皮膚を嫌われたり、原爆者であること自体も差別の原因になってしまう。原爆症という身体そのものへのダメージもそうだが、このような差別も被爆者が生きている限りつきまとうわけである。たった1発の原子爆弾がもたらす影響は本当に計り知れない。
原爆とは、戦争とは、平和とは
本作は原爆の惨禍を描いているわけだが、それだけにとどめてはいけない。主人公たちは過酷な時代を力強く生き抜いていく。しかしそれは、本来経験しなくてもいいことだったはずである。1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾が落とされたために、いや、もっともっと元をたどれば、1941年12月8日の日本軍による真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争が起きたために、ゲンたちが過酷な生活を何年にもわたって強いられることになったわけである。つまり本作品は原爆の恐ろしさを訴えるだけでなく、「戦争とは何なのか」、「平和とは何なのか」ということをも訴えかけているのである。もしかしたら、“当時の日本はそういう風潮だったのだから日本人ならばそういうことになるのは仕方のないことだ”とか“所詮話しても分かり合えるわけがないのだから戦争になることやその後の生活が過酷になることはやむを得ない”と考えている人がいるとしたら、この人は、現代の日本で同じ風潮、同じ状況になった場合に、戦争に賛成するのだろうか、戦争に参加するのだろうか。2016年3月29日、集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法が施行になった。かなりあいまいな条文は都合の良い解釈ができる、ともとらえることができ、第2の東条英機が登場してしまえば、戦争を肯定し70年余り前と同じ状況になりかねない下地が作られてしまった、とみることもできてしまう。「はだしのゲン」というタイトルを聞いたとき、こういうことにも思いをはせてもらいたいし、また、原爆についてだけではなく戦争や平和について考えるときに「はだしのゲン」に思いをはせるようになってほしい。それが原作者・中沢啓二氏の願いであり、氏をはじめとする被爆者の願いであるように思えてならない。もちろんこれは、広島市民、広島県民の願いでもある。
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