現代的風刺を込めながら素直にアメリカ的良心を描く - マイレージ、マイライフの感想

理解が深まる映画レビューサイト

映画レビュー数 5,784件

現代的風刺を込めながら素直にアメリカ的良心を描く

4.24.2
映像
4.1
脚本
4.0
キャスト
4.3
音楽
3.9
演出
4.2

目次

80年代ハリウッド映画の感覚を持つ監督

2009年作品。監督のジェイソン・ライトマンは当時31歳という若さで、この作品でアカデミー賞監督賞と脚本賞にノミネートされるという快挙を成し遂げています。とは言っても、いかにも大仰な、重厚な作品ではないのがかえって好感が持てます。

主演こそジョージ・クルーニーというスターを起用していますが、作品自体はむしろさりげない感覚のものです。そうでありながらよく練られており、ハリウッドのエンターテインメントらしく垢抜けしており、撮影も音楽もスマートでアラが無いといった印象を受けます。最初から最後まで、しんどくなくするするととても楽しく見られる作品です。

このユダヤ系の青年の父親はあの「ゴーストバスターズ」のアイヴァン・ライトマン監督です。だから彼のキャリアのスタートは、実は子役なのです。彼は「ゴーストバスターズ2」とシュワルツネッガーが幼稚園の先生をするコメディ「キンダガードンコップ」にカメオ出演しています。

そんな環境ですから、幼い頃から父の背中を見ながら映画監督の仕事について自然に学んでいったのだと思われます。早くにキャリアもスタートさせ、父親のサポートを受け、何よりその人脈の恩恵も受け、20代で長編監督としてデビュー。もちろんそれゆえの苦労もプレッシャーもあるとは思いますが、何にもないところから始める人と比べて、とーっても恵まれた環境の持ち主なのだなあ、と思ってしまいます。

ですが、もちろん七光りだけでは成り立たないのは当たり前で、彼の長編デビュー作「サンキュースモーキング」も、監督のバックグラウンドなどは何も知らないで当時リアルタイムで偶然見て、とても楽しい高感触の作品でしたし、2年後にはあの「JUNO」をスマッシュヒットさせ、有無を言わせぬ才能によってその地位を確かなものにしています。

むしろ彼が「恵まれてるなあ」と思うのは、「マイレージ・マイライフ」を見ていても感じたことですが、彼の映画感覚のコアに父親の作品である「ゴーストバスターズ」であるとか、あるいは脂が乗っていた頃のスピルバーグやゼメキスの感覚がある、ジェイソンは彼らの後継者としての資質を「自然に」受け継いでいるのだなと感じられる点です。

それはジェイソンが、80年代のあっけらかんとハッピーでいきいきと個々の才能が発揮されていた頃のアメリカ映画界のメーンストリームの真ん中に子どもの頃から身をおいて、周囲の人に可愛がられながら空気のようにその雰囲気を感じてきたゆえのものなのではないだろうかと。

もはや成り立たないという不幸

でも、じゃあなぜ彼は監督としては近年はいまひとつ、成功しているとは言い難い状況なのだろう。それはやはり現在のアメリカの状況、ハリウッド映画界の状況と切っても切り離せないものなのだろうと思います。

ジェイソンの取り上げる題材は、この作品もそうなように、タイムリーに社会を皮肉ったものが多くはありますが、根底に「人の良心」や「人と人との心の繋がり」が根ざしており、それがなにはともあれ物事をハッピーな方向へ運んで行くという、それが「コモンセンス」なんだという感覚があります。

そして今、その「コモンセンス」はもはや根底から崩壊しているので、ストレートに「お金が全てじゃないよ」と言ってみたところで、どこか空虚というか、説得力を持ちえないのだと思います。本当に残念なことですが。同じ理由でキャメロン・クロウも低迷せざるを得ないのじゃないかというのが私の個人的な印象です。

さて、マイレージはマイライフたり得るのか

この作品は、現代における「スマートなビジネスマン」をある種デフォルメした人物の人生について描かれています。原題の「Up in the Air」は直訳どおり「上空で」の意と、転じて「とってもハッピー」「有頂天になる」という意味合いも持っています。主人公は一年の殆どを飛行機による移動の連続で過ごす訳ですから、うまいダブルミーニングなわけで。でも邦題もうまいですね。なんかより上手く皮肉っていて私は好きです。

ビンガムの仕事はある種の死刑宣告人な訳ですから、彼が彼のようになるのはある種避け難いことなのだと思います。極限までシンプルに合理化する、人にも物事にも深入りをしない、全ての工程を儀式化する、あくまでにこやかにスマートに、来る者拒まず去るもの追わず。それらは全て人間の生理に反するライフスタイルを正当化し、人と人とがぶつかり合うことで起きる摩擦や心の痛みを最小化するための仕組みです。

その鉄壁のシステムに傍若無人に切り込んで来るのがアナ・ケンドリック演じるナタリー。分かりやすく「さかしく」て、でも社会に出たばかりだからまだ心が柔らかい。その素直のパワーにほだされてビンガムは痛い目に合う事になります。

それでも、もう以前の自分に戻りたいとは思わない。自分が目を塞ぎ耳を塞ぎ、感じないようにしてきた物事に、気づいてしまったのだから。傷ついて会社を辞めたナタリーに心のこもった推薦文を送ったビンガムは、どこか以前の彼ではなく、そこにはささやかな希望の感覚があります。簡単にリセットするのではなく、苦しい大人の生き方を投げ出さずに、少し「ブレイクスルー」する、というのがいいです。

あなたも感想を書いてみませんか?
レビューンは、作品についての理解を深めることをコンセプトとしたレビューサイトです。
コンテンツをもっと楽しむための考察レビューを書けるレビュアーを大歓迎しています。
会員登録して感想を書く(無料)

関連するタグ

マイレージ、マイライフが好きな人におすすめの映画

ページの先頭へ