お菓子も男子もおいしそうな作品
よしながふみ出世作!
西洋骨董洋菓子店は2001年にタッキー主演でテレビドラマ化された作品だ。よしながふみの出世作と言っても過言ではないだろう。
ドラマでは『西洋骨董洋菓子店』ではなく『アンティーク~西洋骨董洋菓子店~』という題名に変わっている。
この作品がBL作品だと知っている人は当時何人いたのだろう。そして、ドラマ化されることを知って、この作品のことを知る人は私と同じく、テレビの前でひっくり返ったに違いない。
「藤井直人が魔性のゲイ?!」
もちろん、月曜日の21時から魔性のゲイがテレビに登場するわけもなく、藤井直人は女性が苦手なパティシエとして描かれている。
ドラマ原作となった『西洋骨董洋菓子店』の魅力は何といっても、おいしそうな洋菓子、そして男子。
よしながふみの作品には必ずと言っていいほど食べ物が重要なアイテムとして登場する。
作者本人かなりの食通らしく、グルメエッセイ本を出しているほどだ。
作中の橘の流れるような洋菓子の説明も作家の洋菓子に対するこだわり、というよりも愛情を感じることができる部分である。
そして隠れた魅力はきれいな日本語。もともとベルサイユのばらの二次創作をしていたそうで、そのせいか少し言い回しが古く感じることもあるが、独特の魅力ともなっている。
なので、特に気に入った言い回しは声に出してみると楽しい。
一番言いたいのは「魔性のゲイ」。声に出すと笑いがこみあげる。「魔性のゲイ」!
早口言葉として橘の洋菓子の説明を声に出すのも面白い。
愛すべきよしなが男子たち
前述とかぶってしまうが、大切なことなのでもう一度言っておこう。
西洋骨董洋菓子店の魅力はおいしそうなお菓子と「男子」である。
作中の男子はみんなどこか影をもちつつも、日々をしたたかに、軽快に生きている。
特に主人公の神田エイジのキャラクターは愛さずにはいられない魅力がある。ボクサーからパティシエに転職した彼だが、その理由はお菓子が好きだから。シンプルこの上ない。
ボクサーとパティシエどちらが好きかと聞かれると迷わず「ボクサー」だと答える。
元彼女に「どうしてエッチしなかったの?疲れた顔した看護婦なんて興味ない?」と聞かれるとエイジはこう言う「なに言ってんの?だって俺今の方がお前好きだぜ」
なんて、爽快な答えだろう
打算がなく、他人への好意(時には敵意も)隠さない、乱暴に見える物腰だがそこかしこから他人への心遣いがうかがえる、そんな愛さずにはいられないキャラクターはエイジ以外にもよしなが作品にはたびたび登場する。
『フラワーオブライフ』の春太郎、『きのう何たべた?』の田淵くんなど
暗い過去や、ゲイの生きづらさなどリアルに描きつつ、こうしたキャラクターの魅力があることで作品に軽快さを与えるのだろう。
それはまるで、酸味や苦みと甘さが調和する極上のスイーツのようだ。
救済の物語
西洋骨董洋菓子店を読んで、どんなお話しだったかひとことで伝えようとするとき、どんなことばで伝えるだろうか。
「BL作品」事実だし、それでもいい
「お菓子がたくさん出てくる作品」おいしそうだよね、お菓子
「橘は誰になぜ誘拐されたのか、というミステリー作品」深読みしすぎて、エイジの親のことまで考えちゃったよ、私。
どれも作品の魅力を表している。しかし、私はこの作品は「救済の物語」だと思っている。
橘は誘拐された過去、エイジは親に捨てられた過去、小野はゲイであること、それぞれ闇を抱えている。
救済といってもそのすべてが解決するわけではない。むしろ何一つ解決はしていない。
過去は変えられないし、性的嗜好も変えられないし変える必要もない。重要なのは影を抱えたまま、ひとはどうそれと向き合っていくのか、だと思う。
この作品では見事にそれぞれの救済が訪れている。
お菓子はそもそも贅沢品、嗜好品で、生きていくのには必要のないものだ。それでもお祝いごとのとき、人と会うとき、一息つくとき、人はお菓子を食べる。
その時間がどれほどひとの人生を豊かにするか、作中でよく描かれている。
おめでたい日のことなどをハレの日というが、その「ハレ」の反対で日常のことは「ケ」という。その「ケ」が枯れるので「ケガレ」というのだそうだ。
「ケガレ」を落とすために「ハレ」があるわけだが、洋菓子はこの「ハレ」そのものだと思う。
重く、苦しく、ときにツライこともある日常をほんの束の間忘れさせてくれるのが、洋菓子だ。
そんな洋菓子みたいな救済が、登場人物たちに訪れる。
だから私はこの物語は「救済の物語」なのだと言いたい。
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