ネコより柔道?
『What's Michael?』を覚えてますか
80年代に一大ブームを起こした動物マンガがありました。その名も『What's Michael?』。あの頃、有名なアメリカ人アーチストの名前を付けられた、踊るトラ縞ネコのマイケルは大人気だったのでした。……大丈夫、ちゃんと『柔道部物語』の考察ですよ。
柔道部物語は、作者の小林まこと氏が『What's Michael?』の大ヒットで多忙な時期に、息抜きの読み切りとして描かれた作品とのこと。ところが実際に高校時代に柔道部員だった小林氏、だんだん楽しくなって読み切りのつもりが連載に。2作同時連載状態となって比重は徐々に柔道部の方へ。そのうちマイケルの方が休載状態となり、完全に柔道部の方に全パワーをつぎ込むことになっていったようです。
あれほど人気があったマイケルですが、今その作品を覚えている人はどれほどいるでしょう? そして柔道部物語の方は、柔道漫画のベスト10を集計すると、今でも必ず上位に挙げられる程の傑作となったのでした。偶然にTV番組で小林氏を拝見したのですが、当初この作品はそれほど人気は高くなかったとのこと。ところがある日、なんと当代随一の柔道家・古賀稔彦七段からファンレターが届いたそうです。そっかー、それじゃ張り切ってしまうなぁ。マイケルはとても楽しい漫画でしたが、今読み直すとしたら柔道部物語の方を取ってしまいますもの。
あくまでおふざけのギャグ路線で描かれていたはずの柔道漫画は、こうして現役有名柔道家からのファンレターという燃料投下により、本格柔道漫画として生まれ変わったのでした。しかしそんな事情があったとは(^_^;)
柔道部あるある物語
とにかく汗くっさい漫画です(いえ、実際臭うわけではないんですが)。そういえばちょうど同じ時期に発表された、浦沢直樹氏の『YAWARA!』とはいい対比でしたね。かたやオシャレでキュートな柔道ガール、こなたリアル系臭いたつ青春柔道一直線少年。しかし同じ柔道扱って、なぜにこんなに毛色が違うのよ(-_-;)。リアルヤワラちゃん効果もあり、空前の大ヒットを飛ばしたYAWARAの知名度には少し及ばない印象がありますが、どうやら我らが柔道部物語は玄人ウケする模様。ああ、女性や子供達にも大人気で黄色い歓声が飛ぶ観客席と、ガチムチ柔道経験者達の、野太い声援が飛ぶ応援席を見ているみたいだわぁ。特に柔道経験者の共感を得ていたこの作品、どうみても体罰としか思えないシゴキ風景は、小林氏の実体験ではもっとえげつないものだったとか……バケツコタツでアタマぶん殴られてたってことですかいっ(*_*)
そもそも主人公の三五十五(さんごじゅうご)は高校入学時、柔道部員の先輩に騙くらかされて柔道部に入部してしまったのですが、そのエピソードも小林氏自身の経験がだいぶ反映されているとのこと。この三五という珍しい名字も実在したのだとか。なるほど、作者の暑苦しくも臭いたつ青春時代が凝縮されていたのですね。当時は苦しくて大嫌いだった稽古も今ではいい思い出、反芻しながら楽しんで描かれていたのが今ではよくわかります。残念な柔道家として登場する五十嵐先生も実在で、ホントは厳しくも恐っそろしい指導者だったそうで。
魅せて笑わせ、緩急自在
短編から発展したこともあり、全体のストーリー自体は至ってシンプルですよね。要約すると柔道未経験の高校生が、努力で一流アスリートへと成長していく物語。しかしそこはギャグコメディに卓越したセンスをお持ちの小林氏、やたらと閑話休題的なお笑いをぶっ込み、またそれが物語に強烈なアクセントを加えています。何より画力のある作家さんなので、いちいち人物のリアクションが大きくて、またきっちり描き込まれているんですよね。三五のマユ毛のミステリーサークルとか、よくあんなの考えつくわー。
当然ながらその卓越した画力は、ギャグ演出のみならず、作品にハンパない臨場感を生み出します。主人公の三五十五は背負い投げが得意技なのですが、グルンっと一回転する描写が実に緻密でダイナミック! バーンと叩きつけられる衝撃が伝わるかのようです。なるほど、これは何十回何百回と、実際に投げられた人でないと描けません。いえ、投げられたことはないのですが、実際そう錯覚させられてしまいましたね。格闘が得意な小林漫画の人物プロポーションは、ガッチリと肉付きが良くて女性はむっちり太め、顔は面長…というより馬面ですよね(・_・)。遅筆で有名な小林氏ですが、作画用のデジタル機材などなかった時代に、あれほどの描き込みをやっていたならそれやむなしでしょう。
そして本格王道柔道青春物語へ
この作品は、ひとりの少年が柔道によって人生を狂わされる物語です。主人公・三五十五は、身長体重はやや小柄で細身、吹奏楽経験者で学力優秀、彼女アリと今風に言うならリア充少年ですね。ハイ、モテない先輩同輩に妬っかまれます。今なら普通に大学進学する経歴ですが、時代なのか土地柄なのか、当初は高校卒業後に家業の寿司屋を継ぐ予定の孝行息子でした。
特徴のない性格と言えますが、並外れた集中力を持っており、それが柔道に一極集中することによってたまたま開花したと言えるのでしょう。スポーツもののセオリーとして、幸運も手伝った最初の勝利、そして挫折。スランプを乗り越えて、宿敵から大勝利を収めるという流れはまさに王道。このストーリーラインに濃ゆ~いキャラクター達が乗せられ、物語は実に起伏のあるものに仕上げられました。
さてさて、こういうジャンルには主人公に対抗するライバルがつきものです。しかし柔道部物語におけるラスボス・講談館付属高校の西野は、貧しい母子家庭でいじめられっ子、習った柔道で復讐を果たし、増長して暴力事件を起こすとか、むしろ悪役ですね(・_・;)。序盤と中盤のライバル達、江南高校の樋口や木場工の飛崎は打倒・西野のために、学校の垣根を越えて三五に稽古をつけてくれます。三五の人柄と素質を見込んでのことですが、対西野戦で彼らから伝授された技を繰り出す三五の雄姿がまた熱い熱い( ;∀;)
悪役・西野を倒し、続くインハイにて日本一となり、部活と共に柔道まで引退していた三五ですが、改心した西野の説得で大学進学を決めるところで物語は閉じられます。なにしろ集中力を柔道に吸い上げられて、学力を失ってしまったんですからねー。推薦で入れる大学は鰐の口に飛び込むようなところのみ。別の作品にて三五のその後が描かれているようですが、本当に道を踏み外してしまいましたよ…(=_=)
実はクライマックスにとても好きなシーンがあるんです。既に卒業した先輩・小柴が、件の三五VS西野戦をTV視聴するために、彼女を連れて帰宅を急ぐシーンで、感慨深くあの後輩を柔道に連れて来たのは自分であると呟くのです。彼なくしてこの才能は発掘されなかったのだから、部員勧誘時の嘘は許されていいですよね。ただし手抜き稽古を後輩に伝授し、後に岬商柔道部を弱体化させた名古屋和彦っ、あんただけは許さんっ(‐_‐#)
そんなこんなで描かれた、若かりし日のごった煮な青春時代をすべてぶち込んだ柔道部物語。そりゃパワーあるはずですわ(^_^)
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