優しくて、ほんのり甘くて、少し切ない物語たち
様々な事情を抱えた「おひとり様」たちの物語
『おひとり様物語』は、谷川史子原作の短編オムニバス形式の漫画だ。テーマは恋愛であったり家族であったり様々で、色んな「おひとり様」の日常を描く。
『おひとり様物語』とタイトルがつけられているだけあって、この物語に登場するキャラクターたちはほとんどが独身や恋人なしの「シングル」だ。たまに結婚し、子供を持つ主人公が登場することがあるが、伴侶以外の異性に惹かれるというストーリーになっている。いわば「精神的シングル」たちが、この物語の主人公となっている。
主役となるおひとり様たちは、様々な事情を抱えている。単に「結婚願望がある」「彼氏と別れた」などとステレオタイプな恋愛モノばかりではない。「結婚寸前で、自分の夢を追いかける決意をした」や「好きな同級生の恋を応援する」など、切なくなるようなエピソードも多い。
人に恋したり、夢を抱いたり、それらが叶わず、でも心に仕えていた「何か」を解消して、日々を生きていく。劇的なことなど何も起こらないけど、小さな幸せーー例えば良い景色を見たり、人に指摘されて自分の意外なことに気づかされたり、そんなことーーを感じて、また明日も生きていこうと思える、そんな漫画だ。
漫画として珍しい物語ではあるが、「でも実際の人生ってこんなものだよな」と気づかされる。生きていて抜けがちな、「当たり前のこと」を思いださせてくれる漫画だ。
この漫画を読むと、まるでサプリメントを飲んだかのように、「すっと自分の心につかえていた何か」が解きほぐされる気がする。有名な作品ではないが、ずっと本棚に置いておきたくなる漫画だ。
谷川史子のふわりとした絵柄と言葉遣いが、物語にマッチしている
『おひとり様物語』はオムニバス形式の漫画であり、一つ一つのストーリーについて考察すべき点はない。全体を通し、谷川史子が作り出す世界観にどっぷりと浸るように読み進めていく漫画だ。
谷川史子の画力はその画面にこそ妙があり、空白を多用した画面構成や、大げさな書き文字、たまに挿入されるデフォルメされたキャラクターたちが、一つのページをとても読みやすくしている。激しいアクションも描きこみもないが、あっさりとしたキャラクターの表情や動きが、『おひとり様物語』の世界観にとてもあっていて心地よい。
何よりこの物語の魅力は、谷川史子独特のセリフ回しにあるだろう。まるで文学作品のような、センスのあるセリフ回しの数々。作風も世界観も『おひとり様物語』は限りなく「リアル」に近い物語のはずなのに、セリフ回しが文学的で絶妙なために「空想」の世界であると再認識させられてしまう。
この空気観は、谷川史子独自の武器であろう。女性漫画家は数多くいれども、ここまで「自分の世界」を築き上げた漫画家はそうはいない。創作には「作者の顔が見える作品」というステータスがあるが、『おひとり様物語』はまさしくページを見ただけで、谷川史子の顔が見える漫画なのである。
……ただ、登場人物の書き分けがいまいち出来ていないように思えて仕方がない。登場人物が同じ顔に見えて、「あれ、この主人公って前にもいたっけ」と錯視してしまうのだ。せっかくベテランの作家なのに、ここは少し残念ではある。
おひとり様でいていいんだ、と思わせてくれる作品
「おひとり様」という言葉にはコンプレックスがつきまとう。特に女性にとっては、「結婚できない女」「一人で行動している寂しい女」というレッテルを貼られたようで、全く面白くない(今の時代結婚が全てではないと思うのだが、残念ながら世のなかには狭い見方しか出来ない人間も存在するのである。まったく不愉快なことだ)。
しかし、この漫画を読んだあと、「ああ、おひとり様って悪くないんだ」と思った人も多いことだろう。
漫画に出てくる短編の主人公たちは、物語を通して心が自由になっていく。周囲の意見や価値観に振り回されることなく、思うままの自分の人生を歩んでいくのだ。
離婚を決意した人もいる。仮面夫婦をやめた人もいる。孤独ではなかった自分に気づかされた人もいる。初恋にけりをつけた人もいる。みんながそれぞれの「おひとり様」と向き合い、そしてまた生きていく。
筆者は思う。「おひとり様のきもち」とは、臓器のようなものだ。自分の身体のうちにあるのを知りながら、決して目にすることはない。「おひとり様」はたまに病気になって自分を途方もなく困らせたりもする。けれど、生きていく限りはずっと付き合っていかなければならない、まぎれもない「自分の一部」。
世間の言う「おひとり様」という言葉に傷ついていた人々も、この漫画を読んで救われた気分になっただろう。
刊行スピードは早くなく、2016年2月に6巻目が出たところだ。次巻は一体いつになるのか、続きが待ち遠しいけれど、『おひとり様物語』がくれた「サプリメントのような気づき」を味わいながら、続刊をゆっくりと待とうではないか。
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