結局エックマンはなにをしたかったのか - スノードームの感想

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スノードーム

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結局エックマンはなにをしたかったのか

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目次

どうして好きな人を大切にするのでなく苦しめるのか

読み終わって疑問に思ったのは、なぜ好きな人に、こんな惨い仕打ちができるかということだった。エックマンは容姿のせいで、人に驚かれたり不気味がられがち。だからといって必ずしも、皆が皆、彼を軽蔑し嫌悪しているとは限らないのだが、彼はすこしでも相手の表情がひきつっただけで、そう判断してしまうようだった。なので、動じないというか、無関心なポッピーや、むしろ笑いかけてくるクリストファーは、エックマンにとって、ありがたい存在だったのだろう。ポッピーに関しては、単に興味がないのを、好意と受けとめているあたりは、勘ちがいしているとはいえ、ついぎょっとしてしまうエックマンの容姿に、関心を持たないほうが難しいから、貴重な存在だったのにちがいはない。貴重ならこそ失いたくなく、嫌われるようなこと、相手を傷つけ悲しませるようなことを、できなさそうなところ、でも、ポッピーにはすこし気のないそぶりをされただけで、その人生を奪ってやり、クリストファーに至ってはなにもされていないのに、やはり人生と親を奪ってしまった。好きな人を貶める心理も理解しがたいが、折角できた縁を、修復しようがないほどにぶち壊すなど、自分をも不幸にしているわけだから、その心情はもっと解せない。

根拠のない自信をもって人生を棒にふる二人

二人を好きなのではなく、実は憎んでいたのかと思う。ポッピーに関しては、そうだったのかもしれない。なにせ、彼女の恋人のロバートは容姿に恵まれている。とはいえ、エックマンの容姿について、格別どうこう思っていなかった彼女の判断基準が、そこにだけにあるとは思えないし、まったく正反対に思える、エックマンとロバートには似たところがある。作中に、ロバートの画家としての性質が、こう書かれている。

画家のオーナーや雑誌の編集者や美術評論家に気にいられることはけっしてなかった。彼はそのことを知っていて、それを怒りながらも誇りに思っていた。孤高の画家であることを受けとめ、妥協を拒否した。

気にいられないのに、誇りに思うのは妙なように思う。だから、多分ロバートは、相手のほうに見る目がないと考えたのだろう。見る目のない人間のお眼鏡にかなうような作品は、それほどでもない。だったら、自分の作品が、そんな腑抜けに理解できないるわけがない。気にいられなくて、むしろ結構だと。なるほどと思う一方で、こうも考えられる。

認められない原因が、相手に見る目がないからだとは限らない。自分に至らないところがあるのかもしれない。と、普通なら人に認められなかったら、悩んだり自信をなくすところ、ロバートはまったくまいっていない。相手の意見をとりいれるのが「改善」ではなく「妥協」だとしているあたり、自分の芸術は文句のつけようのないものだと思っているらしい。でも、本当にそうだろうか。毎日血反吐を吐くまで絵を描いているとか、オーナーや評論家に認められずとも、似顔絵の仕事は大盛況だとか、自信を裏づける根拠がロバートにあるとは思えない。だとしたら、それは根拠のない自信だ。はじめて描いた絵をけなされて、凡人には理解できないのだと、言い張るのと、変わりはないと思う。

たしかに自分の未熟さ拙さを指摘されるのは、嫌だし恥ずかしい。だとしても、嫌だ恥ずかしいと思いたくないからといって、完璧な自分に直すところはないと思いこんだら、元も子もない。実際は直すところがあるのに、そう思いこんだままなにもしなければ、ずっと未熟で拙いままだ。

人は不可解なもので、理想の自分になるために、努力してなろうとするより、現実の理想とは程遠い自分を見ないようにして、済まそうとするらしい。エックマンは芸術の考え方はちがっても、人間関係に関しては、似たようなパターンを踏んでいる。彼は、人が自分を嫌うのは、見た目に騙されるからだと考えている。ただ、実際はおそらく、人に嫌われた際に、見た目に騙されたのだと腹いせのように思うのだろう。容姿は生まれつきのもので、本人にはどうしようもないものだから、軽蔑し嫌悪するほうの人間性が問われる。だから嫌われても、自分は悪くないと言えるのだ。とはいえ、嫌われた原因というのは、きっと他にもある。それを相手が見た目に騙されたから、と一括りにして、自分を省みず直そうとしなければ、そりゃあ嫌われたままにもなる。人に好かれたいなら、好かれない原因の、自分の欠点と向きあわなければならない。それは嫌だし、自分が容姿以外にも欠点のある人間だということを認めるくらいなら、人に嫌われていたほうがいいのだ。人に好かれたいくせに、ある意味、望んで人に嫌われているのだから、こんな、めでたいこともない。

ただ、エックマンは理想に程遠い自分を見ないように済ますだけに留まらずに、もし人が見た目に騙されなければ、容姿以外に欠点のない自分を好きにならないわけがないと過信してしまったらしく、無謀な恋にふみきってしまう。うまくいくわけがないとはいえ、不本意なエックマンは今までのように、自分に落ち度はなく、所詮彼女も見た目で判断する馬鹿だったのだと見なそうとした。ただ、容姿を気にしていないように、ふるまいつつ、胸の内では軽蔑し、笑っていたのだろう彼女を想像するのも、耐えられなかった。彼女がそんな人だとは思いたくないし、かといって、見た目抜きに中身で勝負しても女性を惹きつけられない惨めな自分を認めたくもない。どちらも嫌だったエックマンは、どちらも否認していいよう、さらに現実を捻じ曲げた。彼女に近づいたのは、実験に利用するためだったと、自分に言い聞かせた。好きだったのではなく、好きなふりをして、彼女の気を許させたのだと。

現実を受けいれたくないがために嘘を現実にしてしまう人の恐さ

そう思いこんで納得するに留まらずに、エックマンは嘘の筋書きどおりに、行動を起こしてしまう。はじめから、心のどこかで彼女を実験に使いたいとの思いがあったのかもしれないが、もし恋仲になれていたら、こんなことをしなかったのではないかと思う。

そりゃあ、誰だって恥をかきたくないとはいえ、好きな人をとことん苦しめてまで、恥から逃れようとすることこそ、恥ずかしい。大体、自分で自分の首を絞めているのだ。ポッピーのような女性は中々いない。人の見た目を気にせず、実家が金持ちだからでもあるが、金に釣られて男性に媚を売ったり、なびいたりしない。だから、便宜をはかってもらったり、施しをしてくれなくても、エックマンが助けを求めれば応えるし、食事に誘えばのってくれる。たとえ、特別な好意を持ってくれなかったにしろ、容姿を見下すでなく、金目当てでもない、相手の好意につけこむようなことをしないで、対等に接しようとしてくれただけで、充分すぎるように思える。エックマンも、本当は彼女のそういうところが好きだったのではないか。そのくせ金に困っていると思いこんで、札束をちらつかせるような真似をするのだから、馬鹿というか可哀想というか。そんなことをされるのが嫌いな彼女を好きなはずが、自分を魅力的に見せたいがために、金につられる安い女のような扱いをするなんて。まあ、ポッピーとエックマンのやりとりは、クリストファーの想像によるものだが、そんなこをしてもおかしくないと思うくらい、普段からエックマンの言動は不可解で、気持ちと裏腹のようなものが多かったのだろう。

たしかに、現実の情けない自分をありのまま認めるのは難しい。かといって、そうではないと否定するのに躍起になって、相手を侮辱するだけでなく、好きだという自分の気持ちまでなかったことにしてしまっては、なんの意味もないように思えるのだった。

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