小川彌生「BAROQUE~バロック~」は人物設定がこまやか - BAROQUE〜バロック〜の感想

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BAROQUE〜バロック〜

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画力
5.00
ストーリー
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キャラクター
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設定
3.50
演出
5.00
感想数
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小川彌生「BAROQUE~バロック~」は人物設定がこまやか

4.54.5
画力
5.0
ストーリー
4.0
キャラクター
4.0
設定
3.5
演出
5.0

目次

人物設定の繊細さが光っている作品は面白い!

最初のページでそれとなく、玄関が映し出される。そこには、表札がかかっていて、主人公の名前がいきなりわかってしまう。樺山温、3人家族。この温のお母さんが面白いのである!光恵!光恵!とエールを送ってしまうほど、面白いキャラクターに仕上がっている。どんな所に行っても自分が変わらないという不変なおかんである。たくましさと優しさとを兼ね備えた母の鏡である。美少年好き、韓流スター大好き。なんてミーハーなの!と思いきや、実際はバカ息子と言いながら、息子のことで頭がいっぱいのお人であります。母がミーアにエプロンを貸すシーンでナイスだ!母!めちゃめちゃミーアがかわいい~と叫んだ瞬間に、えっとこのエプロンは「光恵さんのだよね」と母がエプロンをつけている姿を想像しちゃいました。自分に似合わないけど、かわいいものが好きなんだなってこともわかります。トランスがby光恵と吹き出しの入った言葉をつぶやくシーンがシリアスなんだよね?神がいなくなるかもしれない緊急事態の漫画なんだよね?とお尋ねしたくなるほどのギャグシーン満載であります。

主人公を押しのけるほどの勢いのあるおかんの話を先にしてしまいました。昔は神童と呼ばれていたのに、今は冴えない男になってしまった温。冴えない男であることをアピールしなくても、五本指ソックスを履いている時点でやばい。五本指ソックスがしつこいくらいに出てくる。彼のお気に入りの1枚であることがわかる。読者にも気がつくように最初から、しっかりと彼はそれを愛用しているのである。五本指ソックス=水虫、イメージだなと思っていると、案の定です。トランスがそれとなく、つぶやくシーンが、彼の底意地の悪さを表しています。トランスの言葉と温の表情が合わさっているからこそ、このシーンは面白さを増し、こってこてのギャグマンガを小川先生に書いてほしいと願うこの頃です。水虫でここまで膨らませれる漫画家さんはほかにいないでしょう。水虫があるからこそ、温に身近な親近感を抱いてしまいます。スピード感のある漫画なので、そこでクロールの途中の息継ぎみたいな瞬間が生まれるのかなとも感じます。主人公の小さい頃からの好みのタイプとして「年上志向」があげられます。神童のころは、幼稚園の先生、高校生になってからは、麻生先輩。年上好きというのは、「きみはペット」でもそうだった。小川先生の傾向なのかもしれません。彼はカッコ悪い子だけでは終わらない子なんです。めちゃめちゃやさしいのです。ビジューが温を守るために宮殿に残されたときに、すごく不機嫌なのです。自分の使命は、トランスのことを守る親衛隊なのに、どうしてこの花嫁の温を守らなくてはいけないのか。この不条理感。でも、一方では、守らなきゃいけない使命感に支えられ、一方では、胸の痛みをどうすることもできない=機嫌が悪くなる。仕方ない仕方ない。恋する乙女とは、そんなものである。その機嫌の悪さの意味を理解して、トランスを追って敵地へ行こうというのです。彼女の気持ちを思いやっての行動だと思います。エーリアスに命を狙われているのに、彼女の命を助け、ゴーグルまで外そうとする彼のやさしさ。傷ついたものをほっとけないやさしさ。それにいち早く気がついた幼馴染の緋陽子ちゃん。彼のやさしさを知っていて、彼が見捨てないことも知っている。信じる強さももっている女の子。彼女の存在があるから、彼の過去のやさしさも描ける。登場人物が多い世界ですが、ちゃんとそれぞれの性格を持って、この行動をやっているという。しっかりした人物設定ができているから、この物語が活きてくる。しっかりした人物設定の世界は、読んでいても安定感があります。現実世界とバロック公国とを行き来するというだけで、その安定感が崩れそうな気がしますが、それぞれのキャラがしっかりと設定されているので、この世界観が壊れないのでしょう。

バロックの世界観、トランスに合わせた?

「きみはペット」が女性誌だっただけに、なぜ少年誌と思ってしまいましたが、ミーアの裸シーンをみて少年誌だなと感じました。複雑な世界、バティスタ・ピラネージ卿が「本来平行に独立して存在する複数の時空のうち ふたつが一部が癒着してつながってしまったような状態にある・・・」と説明してもらえるのだが、温同様に寝てしまいそうになる。聞いてなくてもいいよって言われているようで、ちょっと安心するシーンです。読み飛ばしちゃってもいいのです。ちゃんと読み取っていけるので、「ああ、ありがとう」ピラネージ卿と言いながら、余所を向くしかないのです。(シュシュなら、キラキラした瞳でピラネージ卿を見ていそうですが・・・)

ビジュー人質奪還という大事なシーンで、ビジューと温がパスポートを持って敵地へ侵入しようとしているのがわかってしまう。トランスは、ふっと笑いをもらす。バティスタに「何か可笑しいことでも?」と聞かれ、「先週の「めちゃイケ」のコントを思い出しただけだ」と言っている。本当は温の勘のよさに対しての笑いなのだが、ここで「めちゃイケ」という現実世界のテレビ番組の言葉を出すだけで、バロック世界と現実世界の融合を感じる。温の目を通しながら、読者がずっと長いことバロック世界にいるのがしんどくならないように、ふっと現実世界を入れているのである。読者も置いてきぼりにされないですみます。いきなり現実世界から、バロックの世界へ飛んで、乱闘シーンに入る前のティータイムみたいな安心感が広がります。

バロック公国、その世界観をしっかりと描かれています。漫画で表すって時間かかりそうです。トランスの派手な顔に合うような世界です。翼のほうは、現代にいてもしっくりくるのに、なぜか長髪のトランスには現代の世界は似合わない。それを感じていただけあって、トランスの座っている椅子がバロック調で、しっくりきた感じを見ると、トランスに合わせた世界観を作り上げたのか。そういっても過言ではないような気がします。

それぞれの性格のゆがみ

性格とは、生活で作られていくものであることを肯定するかのように、トランス、エーリアスの過去が明らかになります。神としてあがめられてきたトランス。エーリアスが鎖から離れて、外に出るために何人もの人を傷つけてしまった場面。エーリアスが撃たれて苦しんでいるときに「エーリアス(それ)を捕らえたければ眼を抉れ」と言います。神としての言葉。人を傷つけてしまったから、仕方なしにその言葉を言った感じがします。彼は冷たいのではない。神だからこそ、みんなに公平でなければならない苦しみ。だけど、エーリアスには、それが伝わらない。その一言がエーリアスを絶望に落とす言葉だったのではないか。トランスの苦しみは、永遠の輪廻のなかからはずれない。これが義務だとすると、それも苦しいのかもしれない。しかもひとり残ってしまった神とは。前半の彼の行動をすべて水に流してもいいようなシーンだった。痛みと悲しみ、もうそんなものも感じなくなってしまったのか。ビジューに「淋しくはないのですか?」そう聞かれるシーンで「おまえやバティスタがいるからな」と言っている彼の表情がなんとも寂しく思えてしまう。温に翼として、さんざん迫りながらも心はどこかにあるような顔だったなぁと思います。現実世界のピラネージ卿に会い「妹がいるだろう。会ってみたい」というが、それが叶わぬと聞いて、その表情から、彼が恋している人はビジューだった。決定的な場面でした。でも、こちらの世界でもビジューが恋した人は「神」だったというのがすごいです。

エーリアスの悲しみは、牢獄につながれて、年少から過ごさなければならなかった日々。彼女の楽しみは、トランスが訪ねてくるときだけだったとすると、「眼を抉れ」の一言は残酷にエーリアスを切り刻み、そのときに感じた絶望は計り知れない。ただ自由が欲しかった。彼女の悲痛なまでの叫びが聞こえる。ずっと「仮(エーリアス)」と呼ばれていると、自分が意味のないものに思えてしまう。そんな虚無が彼女のなかにあったのではないでしょうか。ミーアをいう名前を温につけてもらった。その瞬間から、目覚めたように彼女の表情が変化します。まるで、虚無から解き放たれたように表情に変化がおき、それからの学校生活でも少し変化に乏しいのかなあという顔はしていますが、エーリアスよりもずっといい顔をしています。エーリアスではなく、ミーアとして生きることを決めた彼女の変化ではないでしょうか。双子とはいっても彼女には、トランスほどの能力がないことがわかります。トランスが「神」として、位置づけられたのは、その能力の差だったのかということがわかります。もし、この能力がミーアにあったならば、とらわれていたのは、彼のほうだった。

壮大な再創世のお話しだった・・・

ミーアの存在の意味がラスト近くになるまで、明かされないので、トランスの行動の意味がよくわからないまま、物語が進む。後半になると、ジェットコースターばりの速さで進んでいく。5巻の始まりがいきなりの展開だったので、落丁本かと疑ってしまったほどだった。最初にもってこなくてはいけないことを後出しじゃんけんみたいにして、少しずつわかっていく。温が今までのことを忘れてしまっている状態なので、私たちも一緒になってどういうことなの?って思いながら、読む進めることができる。後出しなんてずるいって口とがらせて、ミーアさんは言いそうです。(後出しするような人はもちろんトランスですけど、そうなると血を見るか・・・)

トランスがラストで犬に転生を果たし、理想的な最後の人生だとあります。好きな人の傍にいられる幸せ。犬だから彼女より先に死んでしまうことが予想されますが、それも受け入れている。幸せとはなんだろうと考えさせられます。それをラストで温が心のなかでつぶやいているシーンが印象的な作品でした。それぞれのみんなの心のなかにある幸せの形を問いかけられた気がします。
 

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