ベテラン・森田まさのりが『べしゃり暮らし』で伝えたいこと - べしゃり暮らしの感想

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べしゃり暮らし

4.334.33
画力
4.33
ストーリー
4.33
キャラクター
3.83
設定
3.83
演出
4.17
感想数
3
読んだ人
5

ベテラン・森田まさのりが『べしゃり暮らし』で伝えたいこと

4.54.5
画力
4.0
ストーリー
4.5
キャラクター
4.0
設定
4.0
演出
4.5

目次

森田まさのりは漫画のなかにメッセージを込める。

『ろくでなしBLUES』、『ROOKIES』の名前を知らない読者はいないだろう。『ろくでなしBLUES』は80~90年代のジャンプを代表する不良・ボクシング漫画であるし、『ROOKIES』は不良とされた高校生たちの青春偶像劇野球漫画で、ドラマ化もされている。その両ヒット作の生みの親が、森田まさのりである。

漫画家・森田まさのりを尊敬するアーティストは多い。175Rのジャケット絵の寄稿、テレビ朝日系列「堂本剛の正直しんどい」のタイトルアニメーションへの抜擢、『エアギア』『天上天下』の作者大暮維人がアシスタントになろうとしていたことなど、漫画のみならず各方面に影響を与えている。

その作風は硬派、熱血に一貫している。森田まさのりは虚構を描かない。登場人物も背景も、全て森田まさのりの中にある現実の模写だ。ゆえに登場人物の主義主張はいずれも真っすぐで、へりくだったり誤魔化すことはない。真向に生きている人間同士が、作中で堂々と対峙する。その清々しさが森田漫画の真骨頂であり、特に男性読者からの支持を集めている。

森田まさのりのそうした情熱は、特に『ろくでなしBLUES』以後の作品、『ROOKIES』や『べしゃり暮らし』に顕著に見られる。『ROOKIES』も『べしゃり暮らし』も、夢を一途に追う若者たちの姿を追っている。いずれも熱く、情熱的で、歪みがない。それは苦労しながら漫画家として大成した森田まさのりが、自らの人生も振り返っての結果だろうと思う。

メッセージだけではない『べしゃり暮らし』の面白さ

むろん、メッセージ性溢れる漫画は、時に読者の反感を買う。熱血教師に反発する生徒がいるのと同じ原理だ。

しかし、森田まさのりは流石のベテランだけあって、伝えたいメッセージを巧みに漫画的技巧、漫画的面白さに包括する。若手熱血教師ではなく、年配の洒落が分る教員という感じだ。作中に巧みにギャグと読み物的な面白さを織り交ぜる。だから読者にうっとうしがられない。そうしたベテランの老獪さともいえる技術を、森田まさのりは平然と操ってみせる。

『べしゃり暮らし』でいえば、まず作中登場する漫才の面白さだ。主人公・上妻圭右は学校一の爆笑王を自称し、のちに相方となる辻本潤は元お笑い芸人という経歴の持ち主。二人は、必ず面白くなければいけない。自ら作ったそのハードルを、森田まさのりは持ち前のギャグセンスと勤勉さで乗り越えていく。

また、作中に幾度となく登場するリアルな芸人の実情が明かされるのも興味深い。貧乏暮らし、スベったときの空気、あざといエセ関西弁への冷ややかな周囲の反応、売れる売れないの境目で悩む芸人の苦悩。決してテレビや舞台上では感じ取れない生の芸人を、森田まさのりは描いている。『べしゃり暮らし』を読むと、芸人という身近な存在にこれだけの苦労があったのかと、読者は深い感慨を覚えることだろう。

『べしゃり暮らし』の執筆前、なんと森田まさのりは自ら吉本の養成所NSCに入学したというのだから驚きだ。自ら肌で感じて経験し、またNSCの先輩・同輩の苦労話をストーリーの中に惜しげもなく盛り込んでいる。これは並大抵のことではない。若者の集団に混じるという、人間だれしもが躊躇しそうなことを、森田まさのりは己の作品の完成度を上げるために実践したのである。

『べしゃり暮らし』を通して伝えたいこと。

森田まさのりは『べしゃり暮らし』で何を伝えたかったのか、ふと考える。芸人の苦労、努力することへの大切さ、みんなみんな、それぞれの想いを抱えて生きていること。大多数の読者に対してはおそらく、それらを伝えたかったのであろうと思われる。

だが、一番感じるのは、森田まさのりは自身の後輩となる漫画家・創作者たちにこの物語を届けたかったのではなかろうか、ということである。

作中、主人公たちは幾度となく悩む。「本当にこれが面白いのか」「もっとオチのつけかたを変えるべきか」「コンビ(トリオ)の方向性はあっているのか」…。時折読者にはついていけなくなるほど、主人公たちは自分の漫才のスタイルにつまずき、それぞれが答えを出していく。そして一歩一歩、芸人としての何かを掴んでいく。

この感覚は、非創作者には正直ピンと来ないであろう。だが、漫画家など創作者を目指す者たちは、必ず『べしゃり暮らし』のなかに森田まさのりの強いメッセージを感じ取る。

創作とは孤独の作業だ。線の引き方、表情の出し方、目元の皴、構図の一つ一つに至るまで、悩み続ける。それは完全なる答えのない創作活動において、誰もがぶちあたる壁。倒しようのない”不安”という名の魔物だ。

その魔物の御し方を、ベテラン・森田まさのりは教えてくれている。面白いことは何か、間とテンポ、落ち目になったときの対処法。本当に、ありとあらゆる全てを、『べしゃり暮らし』は包括しているのだ。

そこに気づいたとき、『べしゃり暮らし』への見方は変わるだろう。

ベテランが最後の作品でいいとまで公言した『べしゃり暮らし』を読んだとき、読者諸兄の心には、何が浮かんだだろうか。

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他のレビュアーの感想・評価

お笑い初心者が参考にする入口にでもなるんじゃないかな?

自分が個人的に好きな漫画家、森田まさのりさんのお笑い芸人について描かれたヒューマン漫画です。ざぁーっくりとあらすじを書けば、子供の頃から好きだった主人公。高校では校内放送で生徒を笑わせることを日課としている。ある日、転校生がやってくるが、それが後に相方となり、高校卒業後、お笑いの学校に入り本当のお笑いの世界に入っていくという感じかな?ただ、この漫画はお笑いの表を見せているのではなく、敢えて裏の面を重点に描かれている。まぁ、ヒューマン漫画ですから、そりゃそうだよなって思いますが、森田さんはそれをかなり細かく、そしてリアルに描かれているのが魅力です。お笑い芸人はモテるとか、稼げるとか簡単に思っている人は少なからずいるけど、実際は険しすぎる茨の道です。テレビに出るような人は、テレビのルールに乗っ取らないと売れ続けられないところとかも、この漫画には描写されています。お笑い芸人を諦める者、二世タ...この感想を読む

4.04.0
  • レフトツナレフトツナ
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  • 527文字

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