良作か難作か 好みが別れる『天上天下』
良くも悪くも大暮維人作品。 大暮維人の代表作
『天上天下』は、大暮維人の名前を一躍世に知らしめた作品である。作者の描くキャラクターは繊細な書き込み、ダイナミックな描写、マニアックな設定で、他のキャラクター漫画とは一線を画している。特に終盤は大暮維人の画風を確立した頃であり、漫画家のなかでもトップクラスの画力を魅せつけている。イラストレーターや漫画家を目指す人には、『天上天下』はとても参考になる作品だと思う。
…だが、いかんせん『天上天下』は連載が長すぎた。
連載が長期にわたるなか、キャラクターの造形・設定は、時代と作者の好みに流され、一定のものではなくなった。後付けともいえる設定の数々は読者を多いに困惑させ、ついていったファンも全てを承服できるものではなかっただろう。
これは同じく大暮維人作品の『エア・ギア』にも共通することだろう。当初の設定を飛び越え、マクロな世界へと展開していく話は、まさに”読む人を選ぶ”作品だといえよう。
一定ではないストーリーの流れ 時には戦国時代にも
『天上天下』はまず、異能バトルものとして話がスタートする。ツンツン頭の主人公、押しかけ型のヒロイン、幼女として登場するヒロインの姉(正ヒロイン?)など、どこかで見たことのある設定がどんどん並ぶ。そして主人公と戦うのは、生徒会…とくれば、王道を超えて「どこにでもある話」として終わってしまう(これは、作者・大暮維人自身もネットで指摘されているのを発見し、落ち込んでいた)。ここで読む価値なしとして本を閉じてしまった人も多いだろう。
その後、舞台は過去へ。敵対する生徒会長の過去、ヒロインの姉、故人である兄との因縁などが語られ、また現代へ話は戻る。すると今度は、作者本人が「影が薄い」と揶揄していた主人公へエピソードのテコ入れが始まる。主人公の出生の秘密、”F”と呼ばれる生徒会長の私設部隊の投入、生徒会長の真なる目的…と、話が二転三転して、読者は「あれ、これなんの話だっけ?」とわからないうちについていく。ついていくうちに、主人公が実はすごい力の持ち主だということが明らかになり、その力の説明のために戦国時代編に誘導される。
もう一度言う。戦国時代編である。
だいぶ非難があったであろうことは、作者のあとがきにも示唆されている。そして作者のあとがきは、作者が戦国時代好きであるということも示唆していた。隠す気すらなかった。完全に作者の趣味であることは、疑うべくもなかった。
しかし『天上天下』は強引にも戦国時代編に話を持っていき、成立させた。それはなぜか。面白いからだ。
遊郭から始まる戦国時代編は、大坂夏の陣で完結を見る。異能の力を持った主人公たちの先祖・赤羽衆の戦いは、力押しではあるが、読者の目を引く構図や展開で実に見ごたえがあった。ぶっちゃけ、本編より面白かった。
ここに大暮維人の作風の正体が現れる。大暮作品は、一つ一つのエピソードは面白いが、それを繋げる力が弱いのだ。
だから一つのエピソードが終わると、その後に登場するエピソードのメインキャラクターは浮いてしまい、滑稽とすら感じてしまう。これは実にもったいないところだ。
戦国時代編が終わり、いよいよ生徒会との戦いが始まる(ここでまた読者は、あ、あの約束まだ有効だったんだと思い出す)。だがその最中、またしても異能の力を持った連中が割って入り、大会はぐちゃぐちゃになってしまい、なんやかんやの流れで主人公の父親との最終決戦になる。明かされるヒロインの姉・真矢に秘められた力の正体、明かされそうで明かされない高柳雅孝の能力、モブと化したボブ、ヒロインでなくなった亜矢…など、一部のキャラの収集がつかなくなるなか、主人公たちは力を合わせて全ての元凶を打倒する。
そして、生徒会とは結局戦わない。
…戦わずして、物語は終わる。
後半だけを読むとよくまとまっていると錯覚する読者も多いが、回収しきれなかった伏線や結末の描かれず放置された(作者に飽きられた)キャラクターたちがどうなったか語られないまま、もやもやとした結末で終わってしまう。
もう一度繰り返すが、こういった点を鑑みても、『天上天下』はエピソードの一つ一つは面白いが、一つの作品として見てみると、良作とは言えないという結論に達してしまうのである。
では、『天上天下』は駄作なのか?
ここまで考察してきて、『天上天下』は本当に良作といえるのかという疑問が浮かぶ。
だが、一つだけ確かに言えることは、『天上天下』は画集として、あるいは漫画として、一読に値する作品であることは間違いない。
時代と好みに流された感のある作品ではあるが、確実にいえることは、『天上天下』は作者が己の持つ全てを一時一時、ペンに懸けて臨んだ作品だ。決して”手抜き”や”やっつけ”で描いたものではないことは、読めばすぐにわかることだ。ただ構成力が少し不足していた、それだけのことである。
『天上天下』を読了したとき、大暮維人は天才か凡人か、その答えが貴方の心には必ず残っているはずだ。
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