受け継がれていく命を改めて感じる作品
周囲の理解を得ることが難しい職業
チェロ奏者という夢を継続することができなくなり、田舎で母の暮らしていた家に住み新しい仕事を探している中で納棺師という職業につく大悟という男性のお話でした。納棺師という一般的にあまり認知されていない職業の話というのが新鮮でしたね。私自身、この話を知るまでは納棺師という職業の存在は知りませんでした。
話の中で妻だけでなく友人にも仕事を理解してもらえないという点が印象的でした。そんなに非難される仕事ではないというのが個人的な意見なのですが、自分ができるかと考えた時に綺麗な遺体ばかりではないということを考えると躊躇してしまうのでそれが答えなのかもしれません。かといって自分の友人や身内が納棺師だからといって、避けたり特異な目で見たりするかというとそういうこともないと思いますけどね。
納棺をする家の話で故人の友人と言い争う中で大悟を指さし、「一生この人みたいな仕事をして償うか?」というセリフを吐いた喪主がいましたが、どれだけ人のことをバカにすればいいのかと不快な気持ちになりましたね。納棺を頼んでいながら・・。世の中にはどんな職業であっても「不要な仕事」は存在しないのですが、この喪主のようにある特定の職業を馬鹿にする人間というのは現実にもいるのだろうなと思いましたね。仕方なくその職業についている人もいれば、きちんとした矜持を持って仕事に臨んでいる人もいる中で悲しい話ですよね。
話の中での妻の存在
話を通して思ったのはこの妻はいい妻なのか否かというところです。職を失ってしまい田舎に帰るという旦那を温かく迎えた点、引っ越し先でも毎日明るく振舞っていた点や夫が聞かれたくないことには極力触れないでいてあげようとする姿勢はとてもいい妻のように感じましたが、夫の仕事が判明した時点で話をよく聞くこともせずに「けがらわしい」という最悪の一言で拒絶し有無を言わせず実家に帰ってしまう点や子供ができたからと戻ってきて再度仕事を辞めるように強要する姿などはとてもいい妻とは思えませんでしたね。
このタイミングで夫の仕事を見る機会がなかったとしたら最後まで夫の仕事を否定し続け退職を強要する最悪の妻だったのではないかと思いますね。そういう夫が辛い時こそ支えてあげるのが妻のあるべき姿なのではないでしょうか。最後に夫の仕事を理解してくれ和解し一応のハッピーエンドではありますがもやもやが残る場面でしたね。
故人・遺族それぞれがもつストーリー
納棺師という仕事を通して、故人・遺族それぞれのもつ背景が垣間見える点、そしてその両者の気持ちを尊重した納棺という仕事はとてもいい職業のように思えました。
冒頭に出てきた女性になることを望んでいた男性の納棺に関して、本人の抱えるものや細かな事情などはわからないまでも、双方の意思を尊重し女性用の死に化粧をしてあげる点、このように臨機応変に対応することができるのかという新たな発見でしたね。フィクションなのでもしかしたら現実にはあまりないことかもしれないのですが。
どうしても妻の棺に宝石を入れてあげたいという意見を子供たちが聞き入れてあげない場面では、とても悲しい気持ちになりました。たとえ燃えないとしても、一緒に焼くことでその価値がなくなるとしても、妻の最後に好きなものをそばにいれてあげたいという夫の気持ちを尊重すべきだと思いました。まあでも現実でも金属などの燃えないものは納棺の際に入れてはいけないのですもんね。その点をこの夫に優しく伝えてあげればよかったのではないかと思いましたね。棺の中の妻にすがりつき泣く夫の姿、妻や娘、孫たちが故人である老人にたくさんのキスマークをつけて寂しくないように見送ってあげる姿などは涙なくしては読めなかったですね。
重い話だけではなく笑える場面もたくさん
夢破れ故郷に帰る、納棺師という仕事に関しての無理解など重い話中心と思いきやついクスっと笑ってしまえる場面があるのも、この作品の特徴だったように感じます。
最初に大悟が面接を受けに行き、百合子に衛生的に疑問の残るお茶を作られる場面であったり、おなじくその面接日に「旅の手伝い」と新聞に載っていた募集は誤植で「安らかな旅立ちのお手伝い」が正しいという強引な説明だったりという場面ですね。
ただただ重たい話を進めるのではなくこのようななごむ描写があるのもこの作品が読みやすい理由のひとつであるような気がします。やはり「死」を題材にした話は重くなりがちですからね。いい緩和剤になっていたように感じます。
「受け継がれていく命」というテーマ
海から川に戻りその命を終える鮭を見ている時の平田さんの言葉に「命をつなぐ」というものがあり、ツヤ子さんの火葬の際にも「死は門」という言葉があります。死は無でもなく終わりでもなく、門をくぐって次に進むという考え方。お盆に先祖が帰ってくる、送り出すというような風習のある日本人独特の考え方に近いものがあり受け入れやすいですよね。
自分を捨ててから一度も会っていない父親の死、しかし握りしめていた石から感じる父親の思い、新たに生まれる命など、「生」と「死」について考えることのできる作品でした。納棺師に大事に扱ってもらい家族に見送られることで愛情に包まれながら「安らかな旅立ち」をすることができる。納棺師という普段接する機会の少ない仕事を理解するとともに、死と接することで現在生きていることに対しての感謝を感じることのできる作品だったと思います。
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