ミステリの楽しさを凝縮した1冊 - 大きな森の小さな密室の感想

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大きな森の小さな密室

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ミステリの楽しさを凝縮した1冊

5.05.0
文章力
4.5
ストーリー
4.5
キャラクター
4.5
設定
5.0
演出
4.5

目次

ミステリ入門?と見せて・・・

7つの短編から構成されており、それぞれに「犯人あて」「倒叙ミステリ」「安楽椅子探偵」「バカミス」「??ミステリ」「SFミステリ」「日常の謎」と、ミステリの色々なジャンル名が副題としてつけられています。ネタバレしてしまいますと、第5話は「メタミステリ」です。一見、ミステリ入門者に見える構成ですが、そこはかなり微妙で、ミステリ、推理小説の初心者がこの分野に親しむ道しるべになるかどうかは何ともいえません。普通は「メタミステリ」「バカミス」はなど入れずに「トラベルミステリ」「警察小説」ぐらいが妥当でしょう。(本書はトリック名をジャンル名とは見なさない趣向のようです)

ただし、ある程度ミステリを読み込んだ人は間違いなく楽しめる作りになっています。作者はどちらかというとホラー、SF畑の人ですが、決して否定的なパロディではなく、少し距離を置いた愛情をもってこの分野の魅力を描き出しているのです。

探偵役は1話ごとに変わる、というか、輪舞形式になっています。第1話と第2話にAが、第2話と第3話にBが・・・というスタイルです。そして第7話には第1話にも登場したGが登場して話を閉じます。原則、片方の話で探偵役をつとめ、もう片方では脇役ですが、両方で脇役の場合もあります。全員が同じ作者の別の作品からの再登場ですので、本来ミステリ・ワールドの住人とは言いがたい人物も混ざっています。巻末に各探偵の紹介もあります。

まずは穏やかな幕開け

第1話「大きな森の小さな密室」(犯人あて)は、文庫版では表題作となったように(初刊本タイトルは「モザイク事件帳」)、かなりカッチリした謎解きミステリで、展開に奇矯なところもなく、安心感に満ちた幕開けです。タイトルにある密室トリックが脇に置かれる趣向ですが、ちゃんと副題は「犯人あて」となっています。少うし登場人物にアクが強いかな、という感じもしますが、この調子が続けば本書は間違いなく最高のミステリ入門書と言えたでしょう。続く「氷橋」(倒叙ミステリ)も大きな逸脱はありません。ややドタバタ度が増してきていますが。

世界がどんどん崩壊していく

第3話「自らの伝言」(安楽椅子探偵)に至って、自身殺人者でもある高飛車美女・新藤礼都(後年、連作短編集も出ました)が探偵役として登場し、グッと怪しさは増してきます。SF性もややアップ。でも、これはまだミステリになってます。一挙に読者を惑乱させるのが第4話「更新世の殺人」(バカミス)で、何しろ死後百五十万年の死体が出現というのですから。登場人物全員がバカミスワールドに入りきって、脇役の新藤礼都一人だけが読者視線を保っている作品で、ラストは一段とまたバカパワーが炸裂しています。ここで本を閉じてしまう人も多かったかもしれません。

ところがまだ序の口です。第5話「正直者の逆説」がメタミステリであることは終盤まで明かされないので副題は伏字になっているのですが、問題はそんなところありません。ギャグ尽くしの中に徹底的な論理ゲームが展開され、読者の頭をいやがおうにも混乱させます。ちなみに、この話のみ実質的な探偵役は、輪舞に参加していない(したがって巻末紹介にもない)関西弁の語り手女性で、しかも名前不明(名乗ろうとすると必ず邪魔が入る)なのですが、とてもチャーミングな人なので、ここで書いておきます。白井郁美さんです。ちなみに本来はホラー世界の住人です。

なお、この作品のラストは「紙数が尽きたので、このへんでやメタ」という、とてつもない地口サゲで終わっており、文庫解説などでは最終的解決は放棄されている、と書かれていますが、ちゃんと白井さんが「自分が質問されたと置き換えてみればわかるでしょう」とまで教えてくださってるのに、何ということでしょう。「犯人以外の人物が同じ質問をされたときの答え」は、その前に丸鋸先生がちゃんと出していて「絶対に答えられない」が正解です。ちなみにタッチこそハチャメチャではありますが、論理ゲームとしての歯ごたえはこれが最高でしょう。解説者が正解を見落とすぐらいですから。

締めはやや穏やかに

第6話「遺体の代弁者」(SFミスリ)には丸鋸先生がスライド。かなりグロな趣向ですが、そこに耐えられれば結構サスペンスフルで、前2話に比べるとずっと読みやすいエンタテインメントになっています。そして最終話「路上に放置されたパン屑の研究」は、ほぼ二人の会話のみで進められます。噛み合うようで、噛み合わない、ミステリ落語ともいえるとぼけた調子は、波乱万丈の一冊の締めとしてはまずまず穏やかなものとなっています。

小林ミステリ・ワールド

作者はこの作品の好評もあったのか、現在はかなりミステリにも力を入れています。ただ、長編はその二転三転志向やグロへの傾斜がどんどん濃厚になっていく嫌いがあり(本書の4~6話あたりが長編だったとしたらと想像してみてください)私個人短編集の切れ味の方を、より愛します。

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