難しいので読者を選ぶ漫画だが面白い
難しいので予備知識がないと無理
木島日記には民俗学者の折口信夫、柳田國男などが登場するので、予備知識が一切ない人にとっては「なんのこっちゃ」という感じでよくわからない漫画です。また、特別に難解な物語というわけではないのですが、絵柄やコマ割りに癖があるため、読み流して理解できる漫画ではありません。むしろ、言葉による解説が必要になることもあるので、小説版も同時に読んだ方がわかりやすいかと思います。ただ、もとから民俗学に興味のある人にしてみれば、民俗学ではお馴染みの、由来不明ないかがわしい噂をテーマとして使用しているので、二次創作的にわくわくできるお話です。ここから民俗学を志す人はほとんどいないと思いますが、この話はあくまでファンタジーであって、事実こういったことがあったわけではない(史実ではない)のは、知っておいたほうがいと思います。噂として存在した、というだけです。実際に存在した人物名が登場するので、そのへんを勘違いしてはいけない、という注意点があります。あくまでフィクションです。
癖の強い絵柄
原作は大塚先生ですが、作画は森美夏先生です。陰影を強く強調した絵柄で、デジタルで作画されているみたいですが、コマが大きく、書き込みは少なく、それでいて躍動感のある作画が魅力です。ただ、その魅力は同時に「慣れないと読みにくい、どうなっているのかわかりにくい」ということにも繋がり、一般の読者には伝わりにくい、いわゆる「読みにくい漫画」である点は否めません。それが悪いか、と言えばそんなことはないのですが、何も知らない小学生が「読みなさい」と言われて、どこに人の頭があってどんな表情をしているのかを読み取るのは困難でしょう。そういう意味でも「読者を選ぶ漫画」のひとつで、うかつに「面白いから読んで」と言える漫画ではないです。ただ、好きな人は好きなので、好き嫌いがはっきり分かれる作品です。癖が強いだけであって、けして下手なのではありません。読み手の理解力、読解力が必要なだけです。
根底に「悲恋」がある
古書店主の木島も、折口信夫も恋をしています。どちらも、いるのかいないのかわからない幻のような存在に恋をしているのですが、現実とあの世の狭間で様々な事件が起こります。折口信夫は女性嫌いの男色家だった(史実)がありますが、そういった人間臭い部分もおもしろく演出されています。現実にいる母ではなく「母なる存在が別にいる」という幻想も、木島が月に恋する幻想も、私たちが現代、アニメのキャラクターを好きになったり、テレビの向こう側にいる芸能人に恋するのに似ています。そういう恋心に共感できる、という点において、とてもエモーショナルな作品です。
大塚作品お馴染みの同一人物
大塚英志作品を読んでいる人にとってはお馴染みの「あの作品に出ていたあの人」が登場しています。アーヴィング教授と清水義秋は、多重人格探偵サイコにも登場します。そういった「読んだ人しかわからない小ネタ」が差し込まれているのも楽しめるポイントです。
木島日記の連作
木島日記と言えば「北神伝綺」と「八雲百怪」との連作なので、木島日記を読んだらこちらの2作品も読んで欲しいのですが(物語は続いてはおらず、それぞれ別の物語)、とくに作品として成熟して完成されている(未完成の完成というか)のが木島日記です。テーマがしっかりしている、というのもあり美蘭というキャラクターの妖艶さも相まって、完成度が高い作品です。津山三十人殺しネタなどのタブーに触れた話も多いことから三作品の中では一番読みやすい作品ではないかと思います。
冷静と狂気の間
作品全体の雰囲気は、とても淡々としています。ただ、穏やかでゆったりと、というのではなく、そこから続く第二次世界大戦への緊張感があるため、ピンと糸が張り詰めた空気感があります。エログロナンセンスを笑っていられる世論と、人を人とも思わぬ人体実験の狂気、そういった冷静と狂気のコントラストがはっきりとしていて、かつそこから抜け出すことができない異様な違和感が混沌としています。柳田、折口が夢想した理想郷が現実になかったとしても、それを夢見た人々が何に救いを求めていたのかを想像するのは難しくありません。
「かっこいい」に尽きる
メインキャラクターである木島平八郎がかっこいいです。仮面をかぶった仕分け屋の男で、八坂堂の店主ですが、イケメンかどうかはさておいて、とにかく闇を背負った男といった感じでかっこいいです。かつては研究者で、月という恋人を目の前で亡くしたという過去がありますが、ひとりの女性に固執している様子がなんとも言えない人間らしさを醸し出しています。不気味な男なので一般受けはしないと思いますが、ダークヒーロー的な存在が好きな人にとってはかなりグッとくるキャラクターです。特別にアクションをする、颯爽と登場する、というわけではありませんが「13日の金曜日」に出てくるジェイソン・ホービーズが助けてくれる、みたいな独特のかっこよさがあります。
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