情念豊かな、いぶし銀のような、しっとりとした大人向けの心に残る短篇小説の味わいのある 「特別な一日」 - 特別な一日の感想

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情念豊かな、いぶし銀のような、しっとりとした大人向けの心に残る短篇小説の味わいのある 「特別な一日」

4.54.5
映像
4.5
脚本
4.5
キャスト
4.5
音楽
4.5
演出
4.5

「特別な一日」というこの映画の題名は、第二次世界大戦前夜、ナチス・ドイツの総統ヒトラーが、ローマを訪問し、イタリアのファシスト党首ムッソリーニと固い握手をかわした"歴史的な一日"を指しています。

1938年、独伊協定の締結を翌日に控えてヒトラーが、ムッソリーニを訪ねて、ローマに到着し、その翌朝、ローマ全市民が参加しての記念式典が行われることになっていたのです。

いわばこの日が、全世界を戦争に駆り立てる幕開けだったのかもしれません。そうした日に、片隅でひっそりと愛をかわした女と男。彼らにとっても生涯忘れえぬ"特別な一日"となった、その一日のお話なのです。

その日、子だくさんで、朝から晩まで家事に追われた主婦と、ファシズムに爪はじきにされた孤独な男との、たった一度だけの心ときめく"特別な一日"を描いた、エットーレ・スコラ監督が、人間心理の細かい襞を情感たっぷりに描いた作品になっていると思います。

女は中年の主婦のソフィア・ローレン。精力的で浮気者の夫は、どこかの守衛のチーフで、威勢のいいファシストだ。いや、当時のイタリア人の大半は、ファシストだったはずだ。あの頃の日本国民が、日独伊三国同盟の締結に疑いもなく、拍手を送ったように--------。

この一家は子だくさんで、まだ手のかかる下の子から、うっすらヒゲが生えだした長男に、口紅を塗る年頃の長女、あわせて6人の子だくさん。家事に追われ、夫にかまわず、所帯やつれして笑顔もないソフィアは、この"特別な一日"の朝、夫と子供たち全員が、制服の黒シャツにめかしこんで、ヒトラー歓迎の広場へ出かけた後、ほっと一息つくのだった。

おそらく、ローマの全市民が、広場に集まっている。この高層アパートの住人も、残っているのは、口うるさい管理人のお婆さんとソフィアだけ。あら、お宅は出掛けないの?  そうよね、女中がいないから留守番だわね。

まるで時が停止したかのような静けさと孤独のひととき。エサをやるはずみに、鳥籠の九官鳥が逃げ、向かいのアパートの窓辺にとまる。同じ6階だ。彼女はその部屋を訪れて、男マルチェロ・マストロヤンニと出会う。

ラジオ局に勤めていた彼は、ホモセクシュアルの噂でクビになり、非国民、反ファシストの要注意人物ということで、当局に睨まれ、遠い地への追放が決まっていた。そして、その日、自殺さえ考えていた彼は、見知らぬ女を迎え入れて、人恋しい思いに駆られるのだった。不安を焦燥を絶望を、紛らわすように、この男は女とダンスを踊ったり、彼女の名前をほめたりと、わざと陽気に軽薄にふるまうのだった。

鳥を捕まえて、一度は家に帰って、でもなぜか心残りの思いをひきづる女。そこへ、女が読みたがっていた本を持って、男が女のもとへと訪れてくる。あわてて身繕いをする女。ぎこちない応対。

はじめ、男の正体を知らない彼女は、目を光らせている管理人のお婆さんの告げ口で、彼が反ファシストだと聞いて憤慨する。なぜかといえば、彼女はムッソリーニの崇拝者だから。力強く、頼もしいムッソリーニこそ男の中の男だと頑なに信じていたからだ。

そうした純粋無垢な彼女のいとおしさ。男に惹かれながら、恐れて、相手を誤解して、拒絶する彼女。だが、やがて男の告白で、彼を同性愛者だと知った時、燃える情念を抑え切れず、彼を抱くのだった。まるで年上の女が、年下の若者を抱くように。

忘れていた"女"の目ざめ。家庭の中でひとりぼっちの女が、世間でひとりぼっちの男への、愛の抱擁--------。彼女の激しさに応えて結ばれて、でも苦しげに目をつぶる男。女ひとりの切ない歓喜--------。

二人の出会いから、ひとときの情事まで、ラジオが絶え間なく、ヒトラーの歓迎式典の模様をあおるように伝え続ける。それは、高鳴る戦争の足音なのだ。

広場から、ぞくぞく人々が帰ってくる。彼女の夫も子供たちも。逃げるように家に戻る彼女。そして、窓越しに男の部屋の灯りが消える。その窓辺で、彼からもらった本「三銃士」を、声を出して読む彼女。

官憲に引かれて闇に消えて行く男。それが二人の別れ。彼女の"特別な一日"に気づきもしない夫が、めずらしく彼女をベッドへ誘う。今夜はイヤよ。--------涙をこらえて、唇をかんで、そっと本をしまって、一つベッドの夫の隣へ。そこにしか彼女が眠る場所はないのだ。

また、明日から同じ毎日が始まるのだ。いや、その明日に重なるのは、"戦争という狂気"と、"暗黒の日々"なのだ。

全篇がセピアのモノクローム(単色)で、色調を抑え、室内を自在に動き回るパスクァリーノ・デ・サンティスのカメラワークが素晴らしく、窓辺や道の草木の緑、花の赤、そして、ナチス・ドイツの国旗の紋章であるハーケンクロイツの赤と黒にだけ、色がついていて目にしみる。その沈んだ色調が素晴らしく、この"情念のドラマ"に相応しいものになっていると思います。

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