ミニバラを育て、染め物をする生活 - 落下する夕方の感想

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落下する夕方

3.503.50
映像
4.00
脚本
4.00
キャスト
4.00
音楽
3.00
演出
4.00
感想数
1
観た人
1

ミニバラを育て、染め物をする生活

3.53.5
映像
4.0
脚本
4.0
キャスト
4.0
音楽
3.0
演出
4.0

目次

江國香織イズムが随所に見られる作品

「落下する夕方」を視聴した感想です。
この映画は、江國香織さん原作の作品で、随所に江國香織イズムを感じることができます。
江國さんが小説を書くにあたって、大事にしているテーマの一つが「家族」です。
その家族の中でしか通用しない、ルールや細かな決めごとを、江國さんはよく描いている印象を受けます。

例えば冒頭の、リカと健吾の生活です。
必ず休みの日には、二人でプールで泳ぎ、買い物をして帰る。帰ったら健吾の好きなものを作って二人で食べる。
二人はまだ結婚はしていませんが、そこにはもう、確かに家族のルールのようなものが存在しています。

他にもリカが観葉植物を育て、織物を染める生活感や、華子がラジカセの音楽を聞いているシーンなど、個人個人の生活のリズムが描かれていて、江國さんの作品らしさを感じました。

心の移り変わりが、分かりやすくて良かったです


冒頭のリカと健吾の別れのシーンに始まり、二人のやり取りは、小説での微妙な心理の移り変わりを上手く具現化していて、「この人はこういう気持ちでこのセリフを言っていたのだな」と改めて気付かされることも多かったです。

原作同様、リカ、健吾、華子、この三人の関係の中で、誰が誰を思っているのかが、微妙に変わっていくのが面白いと思いました。
例えば、リカが初めて健吾の部屋に行くシーンです。
最初に二人は喫茶店で、郵便物の受け渡しをしています。
そこで健吾の新しい部屋を、リカが見に行く流れになります。
この時点では、健吾はまだリカへの情を見せています。

その時、リカは嬉しがって健吾の部屋を見に行きます。
別れて出ていった男の部屋に、何の抵抗もなく行けるのは、別れてなおリカがまだ健吾を自分のものだと思っているからです。
ところが二人が玄関に入ると、そこには華子の靴があります。
それを見たリカは、「私、帰った方がいい?」と健吾に聞きます。
リカはこの時点では、まだ華子と自分の価値が、健吾の中で同じか、自分の方が上だと認識しているからです。
ところが、華子の顔を見るなり、「私、帰るね」と帰ってしまいます。
華子が、健吾の新しい部屋の持ち物を自然に使い、すっかりそこに馴染んでいたからです。
そして、健吾はリカに一瞥もくれなかったからです。
ここにきて、やっとリカは失恋したことを実感したのです。
こんな短い一連のやり取りにも、各々の揺れ動く心理が表現されていて、面白いと思いました。


うさぎの耳を付けた菅野美穂さんを見たかったです


華子の特異なキャラクターも良かったです。
原作冒頭にも、「うさぎのみみを付けて現れた」とあるように、エキセントリックで少女じみたキャラクターですが、「実写化するとこういう感じか」と思いました。
まるで幼女のような言動で、現実感なく生きているのに、周りの男を全て虜にしてしまう華子。まさに原作通りだったと思います。
映画では意外と出番は少なかったですが、存在感は充分という感じでした。
華子の話し方もいいですね。ゆっくりで舌っ足らずな話し方なのに、「○○なのだけれど」、「○○だわ」というような、きれいな語尾になっています。頑固で独自のポリシーを持つ、華子らしさが表れていると思いました。


ただ映画では、華子のせいで弟が足に障害を負ってしまい、それを心の中でずっと後悔している設定となっていますが、それが少し気になりました。
それが華子が死を選んだ引き金のように描かれているからです。

華子の弟は、原作では普通の青年として登場します。
華子が死を選ぶことは原作通りですが、その原因は別の所にあると思います。
原作で華子には、「幸福であることが、そんなに大事なことなの」というセリフがあります。
(これが個人的には、この作品の中で一番好きな一節です。)
華子にとっては幸福も不幸も、現実も非現実も、どうでもいいくらいに興味の無いことで、簡単に死を選ぶことができたのだと私は解釈しています。
ですので、弟への負い目からの死というような、安直な結末になってしまった事が、少し残念でした。

また、健吾に対しても、もっと辛辣さがあった方が良かったと思いました。

華子は常に健吾に対して冷酷で、それに傷つく健吾をなぜかリカがフォローするという関係でもあるので、そこも描いて欲しかった気がします。

また、リカにとって大事なものが、最初は健吾だったのに対し、どんどん華子の存在感が増していく過程ももう少し見たかったです。
まるで「一つ屋根の下」に入ったものが家族になっていくかのように、リカは華子に感情移入していきます。
それに反比例するように、恋人だった健吾への執着心はどんどん薄れていきます。
最終的には、リカは健吾のことよりも、華子のことを気遣うようになっていきます。

華子によって健吾を失ったリカが、皮肉にも華子の存在のおかげで健吾のことを忘れて行くのです。
その健吾への感情の喪失が、この作品の中では失恋と再生をも意味していると思うので、もっと露骨にやってほしい感じがしました。


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