様々な種類のホラーが楽しめる短編集 - ドランのキャデラックの感想

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ドランのキャデラック

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様々な種類のホラーが楽しめる短編集

3.53.5
文章力
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ストーリー
3.5
キャラクター
3.5
設定
3.5
演出
3.5

目次

スティーブン・キングの質の良いホラー

“質の良い”と言うと語弊があるかもしれないが、決してノーブルであったりとか、気取った感じであったりとか、そういう意味ではない。スティーブン・キングの書くホラーはその怖さが多岐に及ぶところが他の作家と一線を画す“質の良さ”だと思うのだ。
例えば今回の本に納められている短編たちのその怖さは、決して消えない復讐の暗い炎であったり、良かれと思ってしたことの思わぬしっぺ返しであったり、吸血鬼であったり、気味の悪い隣人だったりと様々だ。そしてその怖さは、それぞれの物語の中で実にリアルに描かれており、それが例え吸血鬼であったとしてもそれはもしかして実在しているのではないかという現実味を帯びているのだ。
スティーブン・キングの書く小説を読んで時々実感することがある。それは吸血鬼やゾンビ、UFO、宇宙人、幽霊など実在はしないであろうものの話でも、リアリティさえあればそれは物語の中では現実となり、恐ろしく魅力的な話になるということだ。逆にいくら実在のものをテーマにしても話の柱の軸がぶれたり、リアリティがなかったりするとたちまち色あせてしまう。そういうことをスティーブン・キングの作品を読んでいてよく思う。
そして今回のこの作品もまたそれを実感させてくれるものだった。

キングホラーの真髄を感じさせる「幼子よ、われに来たれ」

長年教師として勤めているミス・シドリーは、いつしか陰湿な子供に対する態度を取るようになり、それに対する子供たちの怯えた様子を見ることに歪んだ喜びを感じるようになっている。就任当初は恐らく良い教師だったはずの彼女が(物語にはその描写はないので恐らくというしかないが)、なぜそのような人間になっていったのかということはわからない。ただ彼女が長年患っている背中の痛みがひどくなるのと比例して、彼女の狂気も増していっているような印象を受ける。
そのうち彼女の見るようになった光景は彼女の妄想なのか、現実なのかということは最後までわからないまま物語はバッドエンドで終わるのだけど、この後味の悪さとミス・シドリーの気味悪さの描写が実に秀逸で、読み応えのある作品である。
ミス・シドリーは生徒の顔が化け物に変化していく様子を目の当たりにしている(妄想だとは思うけれど、彼女はもちろんこれを限りなく現実だと思っている)。この展開は「図書館警察」のアーデリア・ローツを思い出させる。図書館員だった彼女は(これも教師という職業とよく似ている)自身の顔をあたかも昆虫のような形相に変形させ、子供たちの恐怖を糧として生きる化け物だった。ミス・シドリーは自身は変身しないまでも、異形の顔に崩れていく子供たちを見るようになる。それは彼女の狂気が見せるゆえの幻覚なのか、それとも映画「光る眼」のような彼ら自身がすでに人間ではないのか。最後までわからないのも恐怖を煽る。
ミス・シドリーの精神病院での最後はキングらしい終わり方だ。もしかしたらここに収められているものの中では一番キングらしい作品なのかもしれない。

おもちゃのコミカルな底に感じる恐怖

チャタリー・ティースという名前は知らなくてもその形は誰でも知っていると思う。入れ歯のようなものに足がくっついていて(たいがいカラフルな大きめの靴を履いているイメージがあるが実際はどうなのだろう)、ぜんまいを回すとよちよちと歩くあれだ。寂れたガソリンスタンドでそれを見つけた主人公ホーガンは、息子のためにそれを手に入れる。また、不運な店主夫婦との疲れた会話がこの波のない和やかな展開にスパイスを添えてはいるが、なんといってもこの“チャタリー・ティース”のコミカルながらも怖さを感じる第一印象が、常に不吉な予感を漂わせている。穏やかながらも毒を含んでいるこの展開が個人的にはとても好みだった。
案の定、店内であった純情そうな若者のヒッチハイクに応じてしまったことで、ホーガンには不幸が訪れる。彼は態度を豹変させ、ホーガンの車と金を奪おうとしたのだ。この辺からは怒涛の展開の早さで、車内では若者に襲われながら、車外では今までホーガンが体験したことのないような砂嵐が襲ってきているのだ。視界はすこぶる悪く、若者のナイフを避けながら荒々しい運転を続けるうちに車は横転してしまう。この事故の描写が緻密で、まるで映像を見ているようだった。特に衝撃でフロントガラスが一瞬で真っ白になるところとか、荷台のドアが開いてしまい中の荷物が飛び散っていくところとかが、リアルに脳内で再現された(文章がスムーズに脳内で像を結ぶとき、人は完全に物語の中に入ってしまっていると思う。そしてその楽しみがスティーブン・キングの作品には多くある)。この大事故で若者はノックダウンされたかと思いきや(彼だけがシートベルトをしていなかった)、不運なことにホーガンのシートベルトのバックルが壊れ、抜け出せない状況になってしまった。この恐ろしい状況が、映画なら“追っ手が迫っているのに車のエンジンがかからない”とか“エレベーターが中々来なくてボタンを連打”とか、それに似た追われているものの恐怖が臨場感溢れて書かれており、実にハラハラしたところだ。

チャタリー・ティースの思わぬ恩返し

そこからの展開は“チャタリー・ティース”が若者を残酷な方法で撃退し、結果ホーガンは助けられる。九死に一生を得たホーガンだけど、何ヶ月後かにまたこのガソリンスタンドを訪れた。不幸な夫婦はそれなりに人生の転機を迎え、ホーガンも新たな道を歩んでいた。この恐怖のラッシュのあとの穏やかな展開は、初めの怖さがたてつづけなため余計ほっとしてしまい、実際以上にハッピーエンドを感じてしまった。
このチャタリー・ティースの“活躍ぶり”は、小さくてコミカルな形なだけに余計残酷で恐怖を煽ってくるように思う(ピエロに恐怖を感じるのも恐らく同じような理由からだろう)。また彼(あえてそう言う)の噛み付き方は、「クージョ」の犬とか「ローズ・マダー」のノーマンを彷彿とさせる。スティーブン・キングは本当にこのような描写がうまい。それは痛すぎて怖すぎて読むのがつらくなってしまうほどだ。そして不思議なことに被害者だけの痛みでなく、加害者の痛みも感じられることがある。そのような同時に二つの情報を読み手の頭に映像として浮かばせることができるくらいの文章力の高さに、つくづく驚くことも多い。
「チャタリー・ティース」はただのホラーのように感じるかもしれないが、所々にスティーブン・キング独特の文章の魔術にはまることのできる隠れた名作なように思った。

復讐の執念をこれでもかと感じさせる「ドランのキャデラック」

タイトルにもなっているこの作品のテーマは、吸血鬼でもなくゾンビでもなく幽霊でもない。マフィアに妻を殺されたしがない中年男の大いなる復讐がテーマだ。ドランの犯罪を思いがけなく目撃してしまった妻はそれを証言すると言ってしまったために、ドランに殺されてしまう。嘆き悲しんだ夫ロビンソンは妻の魂に復讐を誓うのだけれど、そのやり方の緻密で漏れのない計画に、ロビンソンの決意の固さと執念を感じることができる。ドランのキャデラックを壮大な落とし穴に落とし込み上から生き埋めにするという計画は途方もないように思われるが、考えれば考えるほど現実的にも思われる計画だ。問題は彼一人でその道路工事並みな作業をやり遂げなければならないというところだ。それも重機の扱いを覚えるために(筋力をつけるためにも)道路作業に実際に携わってみたりと、努力を怠っていない。計画を急がず、準備を万全に整えてからという姿勢が彼の本気を感じさせ、好きなところだ。この失敗を許されないゆえの本気さ加減で思い出したのは、吉村昭「漂流」の彼らが作り上げた脱出のための船だ。焦って適当なイカダのようなものでなく、本格的な船を流れ着く木材と金属のみで作り上げた彼らの執念と、同じものを感じた。
生き埋めになっていくドランの命に縋る故のパワフルさと比例して疲れ果てていくロビンソンの対比が印象的だったけれど、彼は復讐をやり遂げて喜びを感じることができたのだろうか。復讐完了後、妻の魂の声が聞こえなくなったことにほっとしていることはあまりそうは感じさせず、ロビンソンに少し憐れみを感じてしまった。
数々のキング作品と同様、この作品も映像化されている。観てはいないけれど、ドラン役のクリスチャン・スレーターはかなりぴったりなような気がする。

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