もう現れないであろうギャグの天才の作品
心機一転を感じるギャグマンガ
岡田あーみん先生と言えば、絶筆されて久しい今でも「アー民」なる根強いファンがいる、稀有な少女ギャグ作家である。とにかく当時の少女雑誌ではかなり思い切った作風で、今でも伝説となっているほどだ。
ただ、お父さんは心配症にしても、こいつら100%伝説にしても、あーみん先生が体力的にも精神的にも、ギリギリのところで連載されていたという感じは否めない。
自分の切羽詰まった状況を自虐的にネタにしている回が、こいつら100%伝説にもあったし、お父さんは心配症のおまけページにも、原稿を集英社に送るのに郵便局を使っていたのが、とうとう民間の航空便を使うようになり、搭乗時間を待ってもらってまで航空でデスクを借りて執筆するほどだったそうだ。確かに、アシスタントさんを雇わず一人で執筆されていたのか、時折絵にゆとりのなさを感じることがあり、雑だと厳しい指摘をファンから受けることもあったようだ。
大半のあーみんファンは、そういった雑さや締め切りに苦しむ慌て具合も含めて、そういう中でも大笑いできるギャグを生み出していたことにひたすら敬服していたものだ。しかし、2015年に読者の念願かなって未収録作品を伴って再版されたルナティック雑技団を読み返すと、あーみん先生は作風の仕切り直しをしたかったのでは?と感じる。
長年未収録だった読み切りや、ルナティック雑技団もそうであるが、絵柄が長期連載の他2作に比べて正統派少女漫画に近い作風で、手の入れようが全く違う。漫画を描いたことがない人でも、学生時代に新品のノートを買うと次こそきれいな字で書こうと決意したり、漫画を描いたことがある人は作風を一新してみたい感情に駆られることがあるものだが、その感情に近いように思う。
連載の大変さを知ってもなお、本来は描くことが大好きな先生だったのではないだろうか。
ルナティックという言葉に知性を感じる
ルナティック雑技団のルナティックという意味を、どれだけの人が知っているだろうか。
外来語として定着しているわけではないので、改めて調べたという人も多いのではないかと察する。英語の形容詞で、日本語だと狂気のという意味である。ルナというのが月を表しているのは比較的有名なので、本当は狂気の雑技団という意のタイトルなのにも関わらず、少女漫画らしい可愛らしい語感の題名になっているところに、あーみん先生の機転や知性を感じる。
あーみん作品でもっとも変わった人ということで定評がある本作の主人公、天湖森夜の母親、ゆり子のセリフ一つにしても、どこか古典的狂気の中に笑いを含ませるような面白さがある。本来、月刊誌りぼんの購読層の年齢を考えると、やや時代がかっているのではと思うようなセリフですら、爆笑に変えてしまうのは、あーみん先生の天性の笑いのセンスと言えるだろう。
土台として、相当な一般教養の知識があるのではないかと感じる。昔、子供向け雑誌の悩み相談で、勉強をしたくないので中学を出たら漫画家になりたいという相談に、漫画家は馬鹿ではなれないという回答がついていたが、まさしくその通りだと思う作品である。
勘ぐりすぎか?メッセージ性の強い終わり方
あーみん先生の作品は、どんなにめちゃくちゃなギャグ作品でも、終了間際にシリアスな展開になり、何やらメッセージ性のある終わり方をするのが特徴的である。
お父さんは心配症にしても、こいつら100%伝説にしても、最後はやや恋愛に決着がつくなど、真面目なトーンも含まれた話の展開になっている。
ルナティック雑技団でも、主人公夢実と森夜の間に一つの決着がつくが、両想いであるはずなのに夢実は森夜と共にいることを選ばず、自分自身を修練するために彼から離れ、アメリカに行くことを決意する。正直この夢実の唐突な決断は、読者にも理解しがたいものがあったのではないだろうか。
夢実の、優しい環境にいると自分の魂が醜くなってしまうので生活環境を変えたいという意思は、少女漫画としても非常に珍しい心理描写といえる。もしかしたら、あーみん先生自体が、漫画家としてこのままでいいのかという迷いが生じており、その気持ちを夢実に代弁させたのでは?と勘ぐってしまう。
ルナティック雑技団連載終了後も読み切りの雑技団その後を描いておられるので、即漫画家を辞めようとか、絶筆を決断していたとは思えないが、この作品でどこか漫画家という職業への一区切りを決断されていたようにも感じる。
絶筆が惜しまれる
ルナティック雑技団が2015年に復刊したのは、やはりこの作品が岡田あーみんの集大成、と言える作品だったからであろう。復刊ドットコムなどで長年復刊希望第一位だった漫画家なだけに、未収録の読み切りやおまけページなどには、懐かしさと同時に天才ギャグ作家と思える思い切った表現の数々があり、もう二度とここまで飛びぬけたギャグ作家は現れないだろうと感じざるを得ない。
実は、あーみん先生の作品には、ささやかな俺の愛というこれまた大爆笑できる作品が未収録となっている。何らかの形でコミックス化や、可能であればあーみん先生に、新作を描いていただけたらと願ってやまない。
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